①幻想;コノハナサクヤ姫(梅本公美子作)
②岩をサク矢(梅本公美子作)
画像について
今回も梅本公美子さんの作品を借用させていただきました。「おかべ」85号(1978.3.)所載、旧稿「岩をサク矢」にそえられたカットからの借用です。画像①は、全体としてサクラの木の姿ですが、見方によってはメ・ハナスジ・クロカミなどからコノハナサクヤ姫の顔に見立てることもできそうです。画像②は、「岩をサク矢」(岩をもサキ[裂・割]キル利器)としてのヤジリ・ヤリ・ホコ・マサカリということです。①②とも、タイトルはイズミが勝手につけたものです。
コノハナサクヤ姫
前々回から「古事記」や「万葉集」に登場する人物や身体部分のナマエをとりあげ、p-k音語の共通基本義をさぐってきました。今回は、まず「古事記、天孫降臨」のくだりにでてくるコノハナサクヤ姫のヨビナからはじめて、s-k音語の意味をさぐりたいと思います。
アマテラスとスサノヲのあいだに生まれた神の名がアメノオシホミミ。その子が、いわゆる天孫ニニギの命です。このニニギの命が、オオヤマツミの命の娘コノハナサクヤ[木花佐久夜]姫に一目ぼれして結婚を申しこみます。娘から相談を受けたオオヤマツミの命は、姉のイワナガ[石長]姫もいっしょにお仕えするようにとおくりだします。ところがニニギの命は、「あまりミニクイから」とイワナガ姫をおくりかえし、コノハナサクヤ姫だけをのこし、結婚することになります。ハズカシイ思いをしたオオヤマツミの命がいいました。「イワナガ姫がお仕えしていれば、どんな災難があっても、御子のお命はイワのように安全無事ですむでしょうが、コノハナサクヤ姫だけでは、コノハナ[木花]がサク[咲]あいだだけのサカエ[栄]で終わる(長生きできない)ことでしょう」
岩をサク矢
「古事記」神代の巻に、イハサク[石拆]・ネサク[根拆]の神々が登場します。いいかえれば、「岩石や樹木の根をサク(タタキ割る)」作業を担当する技術者たちがいたということです。
サクの漢字は、現代文なら[裂]または[割]と書くのが普通かと思いますが、ここでは[拆](たたき割る。ひらく。さく)が当てられています。ナゼでしょうか。
[拆]の上古漢語音はt’ak、現代音はchai, cheで、日本漢字音はチャク・タクです。なお、日本漢字音セキ[斥](しりぞける。ひらく。さける。うかがう)の上古漢語音は」t'iak、現代音はchiです。
サクというヤマトコトバ自体が、もとtsakuのような音形からsakuに変化したと推定されています。またサクにかぎらず、もとt-k、ts-k音のコトバが次第にsak-音に変化したことが分かっています。
「古事記」の筆者は、サクというヤマトコトバに当てる漢字として、レツ[裂]やカツ[割]よりも音形が近いタク[拆]のほうが適当だと判断したものと思われます。
t-k音からs-k音への音韻変化は、ツエ[杖]で地面をツク・ホル生活からスキ[鋤]で田をスク生活に変化したことと連動していると考えられます。
カタシワ[堅石]も酔人をサク[避]
「古事記」応神のくだり。クダラ[百済]の国から来たススコリたちがお酒を造って献上します。おいしい酒を飲んだ天皇が、ウキウキ気分でその辺を歩きまわります。道の途中で大石を見つけ、手にしたツエを打ちこみます。すると、その石が走って逃げてゆきました。それで、「カタシハ[堅石]もヱヒビト[酔人]をサク[避]」というコトワザができました、というお話です。
この説話のおもしろいところは、「ヨッパライのツエを恐れて、岩が裂けて逃げた」というオチの部分です。デタラメのように見えますが、ヤマトコトバと漢語の音韻組織をかなり精密に計算したオトシバナシだと思います。
伏線としてまず、「クダラのススコリたちが造ったサケ[酒]がでてきます。つまり、このころ本格的な酒醸造技術が伝来したということです。サケ[酒]づくりは、コメ・ムギ・アワなどを酵素のはたらきでサク[裂・割]作業、つまり細胞分裂をおこさせる化学工業というわけです。
いちばんのナゾは、応神がツエを打ちこんだら岩が逃げ去ったという点です。このツエがただのツエでなくて、岩石や金属をタチキルことができる鋼鉄製のツエ、タガネだったと考えれば、話のツジツマがあってきます。つまり、サケ[酒]づくりの技術とともに鉄器、とりわけハガネづくりの技術が伝来したということになります。
サケル[裂]姿は、やがてサケル[避]姿
「その石が走って逃げた」の部分、「古事記」原文では[其石走避]と漢文表記になっています。漢語ソウ[走]は、ハシル、ニゲルこと。ヒ[避]は、サケルことですが、見方によってはニゲル姿とも見えます。ヤマトコトバのサクは漢字で[裂・割・咲・避・離・放]などと書き分けることができますが、それは漢語に翻訳すればそうなるというだけで、ヤマトコトバ自体としてはもともとただ1語しかありません。基本義は、サ[箭・矢]ク[來]。つまり、矢やヤジリでサク(サキワケル・サキヒラク・サキハナス)姿です。
サク姿は、立場を変えれば、そのままサカレル[裂]姿です。むざむざサカレルよりはと、そのまえにみずからサク[離・避]・サケル[避]こともあります。
s-k音のサカエとサキワカレ
ヤマトコトバのs-k2音節動詞は、サクだけでなく、サグ[下]・シク[敷・布・如]・スク[鋤・好・透・梳・漉・空]・スグ[過]・セク[堰・急・咳]・ソク[退]・ソグ[削・殺]など、たくさんそろっています。2音節名詞のサカ[坂・酒・逆]・サキ[先・割・裂・崎]・サケ[酒]・シカ[鹿]・シキ[敷]・シケ[時化]・シコ[醜]なども、それぞれ動詞サクやシクのサキワカレであり、同族語と考えられます。s-k音語はまさに「枝もサカエル[栄]、葉もシゲル[繁・茂]」状態だといえます。
ただし、「おごる平家は久しからず」。ヨイにワルイはつきもの。サキへサキへとサキワカレ、一族のみんながサカエルのはめでたいことですが、おおきな権力や財力をもつようになればなるほど、一族のあいだにサケメが生まれ、まわりとの交流をセキ止めたり、一族のサカエをソギ落としたりする動きもでてきます。いまどきの政治の世界でいえば、大政党の中の派閥みたいなものでしょうか。
サク[削]やsectもs-k音語
漢語や英語にも、s-k音語はたくさんあります。漢語サク[削]は、チイサク、ケヅル姿。その結果できた作品がショウ[肖](肖像)。この字形[肖]の上半分がもともとショウ[小]で、「チイサク、ケヅル姿」(素材の木片とサキ分かれた破片)です。またサク[索]は、「1本づつサキわける姿」(索引・検索など)です。
英語でも、skin(皮膚), section(分割), segment(区切り), insect(昆虫)などは、語根sek-(to cutカチワル。サク)からの派生語とされています。また、sect(党派), second(第2の。助ける), society(社会)などは、語根sekw-1(to followツキアウ)からの派生語とされています。skin(皮膚)は「サケル[裂]もの」であり、insect(昆虫)はアタマ・ハラ・アシなどのセクトにサキ分かれる姿の生物です。また、人々はスキなもの同士でタスケあい(second)、ツキあい、よりあって、シャカイ[社会]( society)をつくりあげたわけです。
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