2015年5月29日金曜日

クヒコム姿、クハ[鍬]・クヒ[杭]・クビ[頸]



 
『古事記』解釈の キーワード㉑
 
 


「牛ヶ首」伝承の ナゾ
 522日の 日本海文化 悠学会 例会の 席で、仙石 正三 さんが「牛ヶ首 用水」に かんする 研究報告を 発表され ました。そのとき いただいた「発表要旨 メモ」の 最後にこう 書かれて いました(下線 引用者)

 牛首伝承の意味(まとめに替えて)…江戸時代の農民の生活の厳しさ…牛首伝承史実ではないが、迷信でもなかった。住民の生活の柱となる伝承であった。開発規模の大きさ、用水名の謎牛頭天王まで登場する「史実と伝承の対応」…御見事!!

 わたし 自身、まえまえ から「牛ヶ首 用水」と いう 命名法に 関心が あり、自己流の仮説を 立てて 解釈する など して いました。それで、こんど 仙石 さんの 解説を きかせて いただき、「なるほど」「お見事」と 感心させられ ました。しかし、ただ 感心して いる だけ では 学問研究に なりませんので、お礼の 意味を こめて、わたし 自身の 解釈や 主張も のべさせて いただく ことに します。

 わたしに とって いちばんの 問題は、「用水路の ナマエに、どうして ウシ・クビ いう 語音 とりこまれた のか」と いう こと です。「辰巳 用水」「奥田 新用水」など、所在地の 地名を つける のが 普通ですが、「牛ヶ首 用水」だけは まったくの 例外 です。どうして、そう なった ので しょうか?

この 地区での 用水開設は きわめて 困難だったが、「牛の首を 水路に 埋める」ことによって、無事 用水工事を 完成する ことが できた。そこで、その すぐれた 土木建設技術を 記念する 意味で 「牛ヶ首用水」と 命名した。すなおに、そう 解釈する ほうが よいと 思う のですが、いかが でしょうか?「牛の 首を 水路に 埋める」など、そんな 土木技術が あるものか?そう いわれる かも しれませんが、そこが「史実と 伝承」の 問題です。じっくり 考えて みましょう。

 

「牛ヶ首」と いう コトバヅカイ
「牛ヶ首 伝承」と いうと、すぐに 「牛頭天王」とか 「迷信」とかの 議論に なる ようです。もちろん そう いった 議論も 必要だ とは 思いますが、「伝承」とは 人の口 から 口へ 伝えられる もの ですから、なにより 先に まず「 牛ヶ首」と いう コトバヅカイに ついて 考える べき だろうと 思います。

「牛ヶ首 用水」の「用水」は 漢語ですが、「牛ヶ首」は ヤマトコトバ です。「ウシクビ[牛首]」または 「ウシ[] クビ[]」と よんでも 意味は ほぼ おなじ でしょうが、「牛ヶ首」の ほうが しっくり くる 感じも します、ナゼ でしょうか?

ついでに いえば、なぜ、ウマ では なくて、ウシ なの でしょうか?なぜ、アタマ でなくて、クビ なの でしょうか?

 

ウシ・クビの 戸籍 しらべ
ここで いちど、ウシや クビと いう コトバの 戸籍しらべを して おきましょう。まずは、u-s音の ウシ ですが、ウシ[] なぜ ウシと よばれる ように なった のか、定説は ない よう です。ここでは、まずu-s音の ヤマトコトバ ひろいあげ、くらべて みて、そこ から u-s音語の 共通基本義 さぐる ことに します。上代日本語 段階で、つぎの ような u-s音語が 成立して いた ことが 分かって います。

動詞:ウス[] (下二)・ウシナフ[](四)・ウシハク[](四)・ウスラグ[](四)・ウスル[](下二)。

名詞:ウシ[大人]・ウシ[]・ウシロ[]・ウス[]・ウス       メ[碓女]

その他:ウシ[厭・倦]()・ウス[](形状言)・ウスシ[]()

イズミ仮説に したがって 解釈すると、こう なります。

すこし ややこしい 話に なりますが、ここで とりあげた ウシ・ウス などの u-s音語は、もともと フシ[]・フス[伏・臥・仆] (動四・下二) などの p-s音語 であり、上代語 成立 以前にp-子音が 脱落した ものと 考えられます。

フス[伏・臥・仆] (動四・下二)…プスッと つきさす(アナを あける)姿。

ウス[](下二) プスッと つきさされる(アナを あけられる)姿。

フシ[] …プスッと つきさす(アナを あける)もの。ツノ[]

ウシ[]…りっぱな フシ[](ツノ[])を かざす 動物。

ウシ[大人]…ウシ[] 風格を もつ 人物。

ウス[]…プスッと つきさされ、アナが あいた 姿。動詞 ウス[] 名詞用法。

以下、ウスシ[]・ウスル[] ウシナフ[]・ウシロ[] などに ついても、ウス[]・ウス[] 同系語と して 説明 できると 思います。ウシハク[] ついては、「牛吐く」[牛掃く] など、さまざまな 解釈が ある よう ですが、しばらく 保留して おきましょう。

 

クヒ[]つく 姿、クヒ[]・クビ[]
ウシ[] つぎは、k-p音語 クビ[] 問題。クビと いう 語音が なぜ クビ[] 意味する ように なった のか、という 疑問です。とりあえず、kup- 上代日本語 ひろって みます。

動詞:クフ[](四)・クハフ[](下二)・クハハル[]()・クハタツ[](下二)・クバル[](四)・クビル[](下二)・クボム[]

名詞:クハ[]・クハ[]・クヒ[杭・杙]・クビ[首・頸・衿]・クビス[]・クヒゼ[]・クヒナ[水鶏]・クブツチ[頸槌]クボ[窪・凹]

その他:クハシ[妙・細]・クハシメ[細女・美女]

以上の kup-音語 から、その 共通基本義 しぼりこんで みましょう。客観的・冷静に観察すれば、クハ・クヒ・クビ すべて「クヒつく・クヒこむ」姿だ という ことが 分かって きます。

クハ[]…大地に クヒこむ ハモノ[刃物]。金属利器。農耕具。

クハ[]…カイコが クフ[] ハモノ[葉物]。絹織物 製造を ささえる 資源。

クヒ[杭・杙]…大地に クヒつき、放れない クイ。ウシ・ウマを つなぎ とめる クイ。井戸掘り・鉱山開発・用水路 工事 などで、土砂や 水流の 暴走を クヒとめる 装置の 主役を つとめる クイ。土木建設に とって 基本的な 資材。

クビ[首・頸・衿]…胴体に クヒこむ 姿

クフ[](四)…「ク[]+フ[]」の 語音構造。カブサル ように []て、ヘ[]テ、クヒつく、クヒこむ姿。

クボ[窪・凹]…クハ[]でクヒつかれたあとにできたクボミ(ヘコミ)。  

kup-2音節語 だけ チェックして みましたが、これだけ 見ても、kup-音の ヤマトコトバは、動詞 クフを 中心に 組織されて きたと いえ そうです。動詞 クハフ [] [鍬経] 姿。クハハル[] [鍬墾] 姿。クバル[] クハハルの 約で、「鍬で 水路を 作り、水流を 分ける」姿。クビル[]は「クビ+ル」の語音構造で、クフ>クビ>クビル という再動詞化の 例。クハタツ[]は「鍬立つ」で、農耕を 開始する 姿。そんな ふうに 解釈する ことが できます。

 

カブリつく 姿、カハ[河・皮]・カヒ[貝・]
  はじめの 予定では、kup- だけで なく、カハ[河・皮]・カヒ[貝・] キハ[]・キフ[來経]・コフ[]・コヒ[恋・鯉]・コブ[媚・瘤] など、k-p 全般に わたって とりあげる つもりで いましたが、すでに 予定の スペースが 満杯に なって きました。さいごに、kup-音と ならぶ kap-音語の こと だけ ご紹介させて いただき、あとは つぎの 機会にゆずる ことに します。

 kap-音語には、動詞 して カフ[飼・養](四)・カフ[替・買](四)・カフ[替・易](下二)・カブス[](四)・カブル[](四)・カヘス[反・返](四)・カヘル[反・還](四)などが あり、名詞 して カハ[河・川]・カハ[皮・革]・カヒ[]・カヒ[]・カヒ[]・カヒ[]・カビ[]・カブ[頭・株・蕪]・カブラ[蕪・鏑]・カヘル[]・カホ[] などが あります。

 結論から さきに いいますと、動詞 カフ(四・下二) 中心に 名詞 カハ・カヒ・カビ・カブ・カホなどが 生まれたと 考えて よい でしょう。いちばんの 問題は 動詞 カフの 意味 ですが、「カブリつく」「カバーする」姿 考えます。カハ[河・川]は、大地にカブリつく、カバーする 姿。カハ[皮・革]は、生物の 本体に カブリつく、カバーする 姿。カヒ[]は、カヒガラが カヒの 身に カブリつく、カバーする 姿で あり、また カフ[飼・養] 姿でも あります。峡谷を 意味する カヒ[]は、カヒ[] そっくりの 姿 です。カハ[河・川] カハ[皮・革] カブリついた あとは、大地も 生物も、その カホ[] すっかり カハル[変・替・更] ことに なります。(残念ですが、以下解説を省略)
 次回は、漢語・英語 k-p音との 関連 さぐる 予定です。