2015年5月5日火曜日

「ツギネフヤ」と「メヒカハ」の 話


ツギネフヤは、どんな ヤ?
『古事記』(仁徳、八田若郎女)に、ツギネフ(ヤ) はじまる 歌が 4首 でてきます(58, 59, 62, 64)。紙面の つごうで、そのうち 1首だけ ご紹介します(下線は引用者)
 つぎねふや 山代河 上り 我が上れば あをによし 奈良を過ぎ 小楯 倭を過ぎ 我が見が欲し国は 葛城高宮 我家のあたり(記、59)

  国語辞典 (時代別国語大辞典・上代編) 見ると、
ツギネフ()枕詞。地名ヤマシロ[山背]にかかる。語義およびかかり方、未詳。[]ツギネを継苗として、それを植える場所をツギネフ[]とする説、植物のふたりししずかとする説などがあるが、未詳。記紀歌謡には用例が多いが、万葉には少なく、すでに原義不明地なっていたようで、ツギネフ[次嶺経](万、3314)の字面は、その表記者の理解、すなわち次々に続いた峯を経て行くという意味に解する新しい解釈であろう。

 ここで ツギネフの 意味を 議論する まえに、「ツギネフヤ…」という ときの「」はいったい どんな 意味なのか 考えてみたいと 思います。「詠嘆の 助詞」という ことで、なんとなく 納得した ような 顔をして いますが、それにしても どうして「ヤ(ya」という 語音 なった ので しょうか?

わたしは、ヤマトコトバの ヤは、基本的に「[] 姿」と 解釈して います。ヤ[] ヤ行音の コトバで、「イル[] もの」、「ユク[] もの」、「イム[忌・斎] もの」の 姿を表わします。ただし、弓矢の 矢だけで なく、ヤ[] おなじ 姿や ハタラキを する ものを ヤ(ya)と よびます。イチガヤ[市ヶ谷]・ヨツヤ[四谷]・シブヤ[渋谷] などの ヤ[谷] タニ・タニマ[峡谷]の こと ですが、「水が 河水・雲・霧と なって、 ように、山の 峰々を めぐり ユク[] 姿」なので、 よばれた のは 当然と いう わけです。

前記「ツギネフヤ」の 歌も、山代河(淀川。上流は 木津川)を「奈良・小楯・倭・を過ぎ、葛城高宮・我家の あたり」まで、ツギツギ 宮上り する 姿を 描写する ものに なって います。さらにいえば、 宮上り」のミヤ[]も、ミヤ[御矢・御谷](峡谷) 通じる 語音です。

 枕詞に あらわれる の起源に ついては、「トブヤトリ(飛矢鳥)、アスカの テラ…」(『東大寺要録』)などの 用例も とりあげたい のですが、ここでは 省略して、ツギネフの ネフという 語音を とりあげる ことに します。

 

n-p音語、ナハ・ニハ・ナフ・ヌフ
 ツギネフの ネフの 意味を 考える 手がかり として、ネフの 同族語 ざっと ひろって みます。ヤマトコトバでは、n-p 2音節動詞 して、ナフ[](自下二)・ナフ[綯](他)・ナブ[](自四)・ナブ[](自四)・ナブ[](他下二)・ヌフ[](他四)・ノブ[伸・延・展](自上二)・ノブ[延・伸・述](他下二)が 成立して います。そして、それらの動詞の まわりに ナハ[]・ナヘ[]・ナベ[]・ニハ[庭・丹羽]・ニヒ[]・ニヘ[]・ネブ[合歓木]・ノビ[野火]・ノヘ[野辺]などの 名詞 形状言 生まれて います。

 ここで n-p音語の 共通基本義 考えて みましょう。たとえば ナフ[綯]は、「ヨリをかけた 二すじの ワラを、それぞれ 相手の カゲに カクレルように ヨリそわせ、一すじの 太くて 強い ナハ[縄] 生みだす」作業です。ヌフ[]も、「ハリが 二枚の ヌノ[] 裏まで ノメリこみ、ヌヒあわせ、一つの 布袋を 作りだす」作業です。動詞 ネフの 確実な 用例は 見あたり ませんが、山代河が 「山の 峰々を ツギツギ ヌヒこみ、川の 流れを ヌヒあわせ、やがて 一すじの 大河として ノビすすむ、矢の 姿 だった ことは まちがい ありません。その 意味では、ネフも「ワラで ナハを ナフ」のと おなじ 姿と 見る ことが できます。

 ナヘ[]は、「特別に 保護された 若い 植物」を あらわす コトバ ですが、原義は、「若い 植物を 並べ、隠して おく ところ」、つまり ナハシロ[苗代] 意味だったと 思われます。動詞ナフ[]、名詞ナハ[]と同系。

ナベ[]も、「食品を 並べ、隠して おく ところ」。動詞 ナブ[並・] 名詞形と 解されます。

 

ニハカに できる ニハ
  ニフという 動詞は 成立して いませんが、地名と しては 『萬葉集』に 「マカネ[] 吹く ニフ[丹生] マソホ[真朱]の…」(3560) などの 用例が あります。ニフ[丹生]は「ニ[]+フ[]」の 構造で、「砂鉄や 辰砂を 含む 赤土」を 意味して います。

『古事記』では、ニフの 語音を ふくむ コトバと して、ニハ[庭・丹羽]・ニハカ[]・ニヒ[]・ニヘ[] などが 出て きます。『万葉集』では、ニヒカハ[新河]・ニフブニ(にこにこと)・ニホフ[] などの 用例も 見られます。

 これら ニフ(nip-)音語 ついて イズミの 解釈(仮説) おきき ください。
 日本列島には 火山が おおく、いたる ところに ニフ[丹生] (火山灰の 地層。赤土) あります。水源地帯の 雪が とけると、赤土も いっしょに とけこんで。川水の 色が ニフ[丹生]・ニブ[] なります。その ニフの 平野部に ノビ出た とき、ニハカ 羽根を 広げて ハリ出します。その 水が 引いた あとに、ニハカ づくりの、ひろびろとした ニハ[庭・丹羽] (作業場) のこされる ことに なります。メデタシ、メデタシ。

 洪水の あとに 出現した ニハは、アラタ[新田] として、またの ニヒタ[新田] としてイネ耕作に 利用され、収穫された 穀物は ニヒナヘ[新嘗] として 神に ささげられ ます。

ニヘ[]は、ニハ・ニヒと 同源で、新穀の 意味と 解されて います。ニフブニは、「すこし 赤土を つけた(ベニを さした)ような)」顔つき。ニホフ[匂・染・薫]は、もともと「[]+[]+[]」の 構造で、「美しく 色づく」姿を あらわす コトバ だった ものが、やがて「カヲリ[香・薫] する」の 意味にも 用いられる ように なったと 解されています。

 

ネヒと メヒ との 関係
 ヤマトコトバの n-p ニフに ついては、このあと あらためて 漢語 n-p (ニフ[]・ナフ[] など) との 関連を さぐる 予定ですが、そのまえに ヤマトコトバ 内部の 問題として、ネヒ[婦負] メヒ[婦負・姪] との 関係 ついて 考えて おきたいと 思います。

 メヒ[] 『古事記』、『万葉集』ともに 用例が ありますが、『古事記』には ネヒ[婦負]・メヒ[婦負] 用例が 見あたり ません。また、『万葉集』で「メヒノコホリ[婦負郡]」と よばれて いた 地名が、『和名抄』(平安中期に つくられた 辞書)では「ネヒノコホリ」と 変化して います。こうした 事実を どう 解釈すれば よいか? わたしの 仮説では、こうなります。

 まずは、メヒ[婦負] []との 関係に ついて、メヒ[婦負]郡=メヒ[売比]河流域の 郡、メヒ[売比]河=メヒ[] 姿を した河、などと 推定します。この 地域には 神通川・常願寺川という 1級河川が ありますが、いずれも 古代の 名称は 不明です。神通川の 上流 (岐阜県) 宮川。つまり、ミヤ[御矢] 意味 だったと 考えられます。

神通川・常願寺川とも、洪水などで しばしば 流路を 変更して おり、二つの 川が 合流して 海に そそいで いた 時期が あった かも しれません。現在は、それぞれ 別々に日本海へ そそいで いますが、こまかく 見ると、神通川の 分流 松川 なり、途中で常願寺川の 分流 いたち川 合流し、やがて また 神通川へ 合流する という 複雑な 関係 見せて います。かりに 神通川と 常願寺川を 兄弟の 関係に 見たてる すれば、松川や いたち川は それぞれ「兄弟の 子」、つまり ヲヒ[] メヒ[] 当たります。フフ[婦負]という 漢語(中国語) 成立せず、ヤマトコトバ メヒ[]への 当て字と 考えれば、それなりに スジミチの とおった 解釈が できそう です。メヒ[婦負] 用字法からは、なんとなく「ヨメ[] 家事の 責任を オフ[] 姿が 見えて きます。「責任を オフ[]」と いう ことは、それだけ 「信頼を受けている」という こと です。

 

メヒ[婦負] から ネヒ[婦負]
  前記の とおり、『万葉集』で「メヒノコホリ[婦負郡]」と よばれて いた 地名が、『和名抄』では「ネヒノコホリ」と 変化して います (2005年、平成の 大合併で ネイグン[婦負郡] 消滅)。どうして メヒから ネヒへ 変化したか?くわしい ことは 分かり ませんが、この 時期に 一種の「音韻変化」が おこった ため かも しれません。

 上代語の ミラ[]・ミナ[] そのご ニラ・ニナ 変化して いる こと など から、「m- から n-音への 音韻変化」を 考えて みました。しかし、変化せず m-音の ままの 例が おおい ので、問題は 未解決の まま です。

 

n-p音の 漢語・英語との 関係
  n-p 日本語の 起源を たずねて ここまで きましたが、「ナハを ナフ」の ナフ 漢語 ナフ[]・ニフ[]など との 関係が 気に なって います。さらには メヒ[] ネヒ[婦負]との ネバネバした 関係 から、英語nephew (おい[]) niece (めい[]) との 関係 なども 気に なります。
 脱線し すぎと しかられる かも しれませんが、乗りかかった 舟。ものは 試し。失敗は 成功の 母。次回、 あえて とりくむ ことに します。

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