2012年6月29日金曜日

オノマトペの出番(再)

「犬は『びよ』と鳴いていた」




ブログの予定を変更(おわび)
前回までの「t-t音の日本語・漢語」につづいて、今回は「t-t音の英語」について考えてみる予定にしていましたが、途中いろいろな事情で変更に変更をかさねました。不手際の点、おわび申しあげます。
 
朝日新聞531記事
68日、千葉の佐藤正樹さんからいただいたハガキに「朝日新聞夕刊5/31号で『日本語の海へ』を読み、泉さんのブログ拝見…」とありました。あいにく朝日新聞を購読していないため、どんな内容の記事か分からず、あちこち電話で問いあわせたあげく、東京本社からその記事コピーを送ってもらうことができました。

オノマトペ研究の成果
日本語の海へ」は「2音目が『ぶ』水なんだ」という見出しで、高津祐典記者の署名記事でした。尾田栄一郎(漫画家)・夏目房野之介(漫画研究者)・山口仲美(明治大教授)・田守育啓(元兵庫県立大教授)などの業績を紹介し、これまで「擬音・擬態語」(オノマトペ)が世間でどんな評価をうけていたか、また最近どこまで認知度が上がったかについて解説しています。その一部だけ紹介します。
…オノマトペは「幼稚」「子どもっぽい」と批判を浴びてきた。その急先鋒が森鴎外三島由紀夫だった。山口仲美は、大御所の研究者に「擬音語擬態語なんて研究しても意味がない」とまで言われた。
山口は27歳の時、国語学会の発表で力説した。
「第2音節に『』がくるのは、いつの時代でもに関する言葉です。がぶがぶ、げぶげぶ、どぶどぶ、じゃぶじゃぶ、ざぶざぶ、しゃぶしゃぶ。みんな『ぶ』がくる」
会場からドッと笑いが起きた。法則性に驚き、意表をつかれたのだろう…
玄関のチャイムは「ピンポン」になり、厚底靴がはやると「ガッコンガッコン」人が歩く。「その時代の価値観や文化が直接表れる。それをたどると、人間の歴史や営みが見えてくる」。山口は今、小中学校の教科書に執筆を頼まれるようになり、オノマトペは韓国や東南アジアでも盛んになってきた。
…田守育啓も、早くからオノマトペを研究…1981年にオノマトペを英語で表現する辞典作りにかかった…欧米語はオノマトペの多くを動詞で言い換えてきた。ニコニコは英語だと「smile」。ではゲラゲラはどうか…作業をはじめて15年。「日英オノマトペ大辞典」が完成した。項目は1700に及ぶ。
辞典を作る過程で、いくつもの「音の普遍性」に気づいた。馬の足音は「パカパカ」「カポカポ」。英語では「クラップクラップ」。どちらもKPの音になる。
Sはスイスイ、スラスラ、スルスル…。「滑らかさが表れる。Sが持っている音声的な性格です。人間には共通の感覚があると思う」…
 
「犬は『びよ』と鳴いていた」
わたしはこの記事を読んではじめて、山口仲美さんや田守育啓さんたちのオノマトぺ研究が日本の学会でも認知され評価される時代になったことを知り、たいへんうれしく感じると同時に、じぶんの不勉強ぶりを恥ずかしく思いました。そのごネットで調べてみて、山口さんが「犬は『びよ』と鳴いていた」(光文社新書、2002年刊)の著者だったことに気づき、あわてて本棚から取りだして読みなおしたりしました。本のタイトルが意表をつくものだったことから、「あの本の著者」ということで記憶がつながりました。サブタイトルは「日本語は擬音語・擬態語が面白い」となっていました。
 
象形言語説と擬音・擬態語
2002年というと、わたしが〈財法〉カナモジカイ機関誌「カナノヒカリ」に「日本語のルーツをさぐる」シリーズ(47回)を連載(19959月~20036月)していたころです。
象形言語説という仮説」(873号)からはじまり、「タタラヒメ・テラ・テラス・テラフ」(880号)でt-r音、「カツ[勝・割]cut(893)k-t音を取りあげ、音形とその基本義との対応関係をさぐりました。
クッキリ・clear」(915号)、「ギラギラ・glass」(916号)、「クルマとcycle」(918号)などでk-r音語を取りあげ、「64音図のこころみ」(919号)ではこのシリーズのまとめとして、日本語(ヤマトコトバ)漢語英語共通音図(案)づくりを提案しました。
200010月、中国語学会で「ピカ・PICKER・ピカリ・霹靂の系譜」と題して研究発表をおこない、おなじテーマで12月、〈財法〉富山県教職員厚生会発行の「教育・文芸とやま」第6号で「ピカピカ・ピッケル・ビックリ・霹靂」を発表しました。
 
あすへの期待
山口さんが「小中学校の教科書に執筆を頼まれる」など、オノマトペの認知度が高まってきたのはよいことです。それはもちろん、「子どもっぽい」表現しかできない国民を養成するためではありません。その逆です。いまの日本語は、「同音異義の漢語など、耳で聞いただけでは、意味が分からないコトバ」や「美辞麗句をならべるだけで、気持ちが伝わらないコトバヅカイ」など、おおくの問題をかかえています。オノマトペに関心をもつことは、やがて「耳で聞いただけで分かる日本語」をひろめることに役だちます。またオノマトペには「人間に共通の感覚」がつよく残されていることから、それだけ「民族のワクをこえて分かりやすい」、つまり「国際理解への近道」ということにもなります。
さらには「コトバとはなにか」「日本語とはどんなコトバか」「日漢英の語音は、どれだけの共通感覚をもっているか」「日本語人・漢語人・英語人は、どうやって相互理解できるのか」などの問題を考えるトッカカリにもなるのではないでしょうか。
 
あとがき
このブログは、もともと619日にいちど「公開」したものです。それがなにかのミスで消えてしまいました。キカイ音痴の老人には、どこでどんなミスが発生したか、原因不明です。オロオロと文面を一部修正し、もういちど「公開」することにしました

2012年6月5日火曜日

タツ[達・脱]・チツ[窒]・テツ[綴]・トツ[突・凸]

t-t音漢語の基本義をさぐる…


ダイ[]の甲骨文


タツ[]の 甲骨文
 


トツ[] の甲骨文


 [] の甲骨文


 シチ[] の甲骨文


 シツ[] の甲骨文


 シュツ[] の甲骨文


t-t音漢字の甲骨文
漢字は、時代によって字形が変化します。そのもっとも古い字形が甲骨文(亀の甲羅や牛の骨などにしるしたモジ)です。表意モジなので、どんな姿、つまりどんな意味を表わすかという点では、一目瞭然。客観性があります。ただ、どんな発音だったか断定しにくいのですが、これまでの研究で(現代音を基礎に中古音がたしかめられ、さらにさかのぼって)上古音もほぼ推定されています。
そこで、甲骨文と上古推定音と現代音をならべて比較することによって、その漢字(語)の発想法、つまりどんな音でどんな意味を表わそうとしたか推定できるはずです。
古文字類編』(高明編、中華書局発行)からt-t音の甲骨文例をえらんで、画像としてかかげました。日本語の場合とも比較しながら、t-t音の基本義をさぐってみたいと思います。
語例は、日本漢字音・上古音・漢字・現代音の順で表記します。また参考までに、⇔印のあとにt-t音のヤマトコトバを付記します
タイdadda 人間が手足を広げて、大の字に立った姿を描いた象形モジで、おおきく、タップリとゆとりがある意。達・泰・太と同系。タツ[]姿。⇔タツ[]・タチ[立・舘・達]
タツdatda 「辵(しんにゅう)+羊+音符大)」の会意兼形声モジで、羊のお産のようにすらすらととおすこと。大・泰と同系。タツ[]・トドク[]・タドリツク姿。⇔タツ[]・タチ[立・舘・等・達]
トツduettu 「穴(あな)+犬)」の会意モジで、穴の中から急に犬がトビだすさま。凸・出(つき出る)と同系。ツキデル姿。⇔ツツ[伝・筒]
tiedzhi 「矢が下方に進むさま+一印(目ざす線)」の会意モジ。目標線までトドクさま。⇔トドク・イタル[至・射垂・射足]
シチts’ietqi 縦線を横線で切り止め、端を切り捨てるさまを示す指事モジ。七は切の原字。
ごらんのとおり、甲骨文は[]に近い。また、現行漢字[]の甲骨文は[](タテ線1本)。つまり、[]はタテ線をヨコ線でチギル・タチキル姿。
シツthietshi 「宀(やね・いえ)+音符至」の会意兼形声モジ。奥の行きヅマリのへや。窒・膣と同系。
シュツt’iuetchu  足が一線の外に出るさまを示す会意モジ。突・凸と同系。

t-t音漢語の擬声語
わたしが不勉強のせいかもしれませんが、t-t音漢語の擬声語はつぎの3例しか見つかっていません。きわめて少ない感じです。
duoduo咄咄  驚きいぶかる声。おやおや。これはこれは。
tutu突突 モーターなどの蒸気や煙が噴き出す音。ダッダッ。シュッシュッ。
dadada 噠噠噠 エンジン音、銃撃音など。ダダダッ。
擬態語としての用例については、まだご報告できるほど整理できておりません。

t-t音漢語の基本義
上古音がt-t音と推定される漢字をとりあげ、その基本義をさぐります。主として『学研・漢和大字典』を参考にしています。
tiedzhi前述。
シチts’ietqi前述。
シツtietzhi 「斤二つ(重さが等しい)+貝(財貨)」の会意モジ。Aの財貨と匹敵するだけ中身のつまったBの財貨。室・實と同系。→性質・質量・質権。
シツthietshi 前述。
シュツt’iuetchu 前述。
ゼイthiuadshui ダ兌は「八(はぎとる)+兄(頭の大きい人)」の会意モジで、人の着物をはがしてぬきとるさま。税は「禾(作物)+音符兌」の会意兼形声モジ。収穫の一部をぬきとること。脱・奪と同系。⇔タツ[絶・断]・タチキル。
ゼイthiuadshui 「虫+音符兌」の会意兼形声モジで、虫がカラをぬぐこと。ヌケガラ。
セツts’etqie 「刀+音符七」の会意兼形声モジで、刃物をぴったりと当ててキルこと。⇔タツ[絶・断]・タチキル。
セツtiuetzhuo 「手+音符出」の会意兼形声モジで、標準より後ろにさがって見劣りすること。
セツthiuatshuo 「言+音符兌」の会意兼形声モジで、コトバでしこりをときはなすこと。脱・税などと同系。
ゼツdziuatjue 「糸+刀+卩(節の右下)」の会意モジで、かたなで糸や人を短い節に切ることを示す。⇔タツ[絶・断]・タチキル。
タイdadda 前述。
タイtaddai 「ヒモで物を通した姿+巾(たれ布)」の会意モジ。長い布のオビで、いろいろな物を腰につけることをあらわす。蛇(長いヘビ)・移(横に伸ばす)と同系。
タイdiadshi 「水+音符帯」の会意兼形声モジで、帯が長くのびて腰にまといついているように、水が定着して動かないこと。⇔トドム・トドコオル・タドル・タドタドシ。
タツdatda  前述。
ダツt’uattuo 「月+音符兌」の会意兼形声モジで、骨から肉をはなすこと。転じて、広く、はなす、ぬけてとれるの意。奪・悦・蛻などと同系。⇔タツ[絶・断]・タチキル。
ダツduatduo「大(ひと)+隹(とり)+寸(て)」の会意モジで、人がワキにはさんでいる鳥を、手ですっと抜きとるさま。脱(ぬける)・兌(ときほぐす)と同系。⇔タツ[絶・断]・タチキル。
tiedzhi 「攵(あし)+音符至(いたる)」の会意兼形声モジで、足で歩いて目標までとどくこと。自動詞の「至」に対して、他動詞として用いる。⇔イタス[]・トドク[]
tiedzhi 「足+音符質(ぴったりと当たる。いっぱいにつかえる)」の会意兼形声モジ。ツマヅク姿。⇔ツク[]・ツツク。
チツtietzhi 「穴+音符室(行きヅマル)」の会意兼形声モジ。穴の奥で行きづまって、その先に進めないこと。至・室・致・膣などと同系。トドのツマリ。⇔トドツク[]
チツtietzhi 「月+音符室(行きヅマル)」の会意兼形声モジ。
テツdiet zhi 「女+音符至」の会意兼形声モジ。血縁の末端。行きヅマリの意。⇔ ツツ[]・ツヅク・トドク。
テツt’ettie 「女+音符失シツ・テツ」の形声モジ。徹(つきとおす)と同系。
テツtiuadzhui 「糸+音符叕(ツヅル)」の会意兼形声モジで、糸でつづりあわせること。掇(ひろう)・啜(すする)・畷(あぜ道・なわて)と同系。⇔ツツ[]・ツツク[]・ツヅク[]・ツヅル[]・トヂㇽ[]
テツt’iatche 「彳+育+攴)」の会意モジで、するりと抜け出る、抜きとおすなどの動作を示す。育は「子の逆形+月」で、お産のとき、頭から赤子がうまれるさま。達(するりと抜ける)・中(草の芽が地上に抜け出る)・撤(さっと抜きとる)などと同系。⇔ツツ[伝・筒]・ツタワル[]・トオル[通・徹・透]
トツduettu 「穴(あな)+犬)」の会意モジで、穴の中から急に犬がトビだすさま。凸・出(つき出る)と同系。⇔ツツ[伝・筒]・ツツク[突・啄]・トツグ[交・嫁]
トツt’uettu 中央が突き出た姿を描いた象形モジ。突・出と同系。
トツtuetduo 「口+音符出」の会意兼形声モジで、突然に舌打ちや声を出す擬声語。また、驚きいぶかる声。突と同系。

日漢t-t音語の対応関係
まだまだ不十分ながら、ここまでいちおう日漢のt-t音語をひろいあげ、音韻面からの対応関係を考えてきました。基本的な面では国語辞典や漢和字典の解説にしたがいながら、⇔印以下のところでイズミ独自の解釈をこころみました。この部分は、例によって「誤解と偏見にもとづく独断論」の可能性があり、なんの権威もありません。それでも本人はますます自信をふかめてきています。オメデタイ人間なんですね。
しかつめらしい理屈は別として、漢語音ダツ[脱・奪]のイメージ(衣服や金品と持主の関係が断絶する姿)がヤマトコトバのタツ[絶・断]にそのまま通じることに気づいたときは、正直なところ「ヤッタ」と思いました。トツ[突・凸]トヅ[綴・閉]・トツグ[交・嫁]の対応関係に気づいたときは、「これは話がうますぎる。ユメではないか」と思いました。
とどのつまり、このような発想法や言語観自体、どこかまちがっているかもしれません。ご教示をおまちします。