2012年2月28日火曜日

日本語と漢語のp-r音比較

日漢英のコトダマくらべ(4)

「学研・漢和大字典」(とびら) 


「中日辞典」(小学館)


「日中辞典」(小学館)


「詩経詞典」(山東教育出版社)


 
p-r音の漢語
今回は日本語と漢語のp-r音を比較する予定ですが、現代漢語にはp-r音タイプの音節がありません。古代漢語ではp-r音タイプの音節が多数あったのですが、そのご音節語尾の-r子音が脱落したと推定されています。たとえば、つぎの語がそうです(上古漢語推定音は藤堂明保編、「学研・漢和大字典」による)。
[]p’uarpo(石で)ワル、ヤブル、バラバラにする。
[]puarbo ハリダス、ヤブレル水面。バラバラ、ボロボロの姿
[]puarbo 片足をフリダス。ビッコをひく。
ハイ[]berpai ベラベラ、カケアイ芸を見せる俳優。
ハイ[]berpai バラリ、左右におしヒラク。
ハイ[]puerbei 車が排列されている姿。
ハイ[]p’uarpei (酒つぼ)にハリツクつれあい。くばる。
[]biarpi 皮を手でヒッパル、ハル、カブセル姿。
[]biarbei ヒッパル、ハル、カブセル)姿。
[]biarpi 体がヒッパラレル、ヤブレル姿。
[]p’iarpiを手でヒッパル、ヒラク姿。
[]piuerfei が左右にハリダス、ソムク姿。
[]piuerfei 左右にヒラクもの。
[]piuerbei ワレル、ヤブレル姿。
[]p’iuarfei 王族の夫にピタリ、ハリツク女性
[]p’ierbi ピタリ、ハリツクもの。ナイフ。さじ。
[]pierbi ハリツク、ナラブ、くらべる。
[]pierbi 父にハリツク人。母。
[]p’ierpi 二つに分かれる。夫婦が離別する。
[]pierbi ハリダス屋根。ヒサシ。porch.
ヘイ[]berbi ベロベロ、ハリダス、土の段。キザハシ。

ヘイ[]berbi ピタリ口(=門)をトザス姿。
上古漢語音はヤマトコトバとウリ二つ
上にあげた上古漢語音を、一つ一つくりかえし発音し、クチビルや舌の感覚をあじわってみましょう。そしてヤマトコトバのp-r音語の感覚とくらべてみましょう。
いままでチンプンカンだった漢語がいっぺんにヤマトコトバとウリ二つにきこえてきます。
海や川の水面に見られるは、風を受けてバラバラ・ボロボロにヤブレル姿だからpuar[]とよび、石でバラバラ・ボロボロにヤブル行為はp’uar[]とよぶ。なるほどとガッテンできますね。
ヤマトコトバの音節が基本的にCV型なのにたいして、漢語の音節はもともと基本的にCVC型です。それが時代の変化とともに語尾子音の大多数が脱落してCV(母音終わり)に変化しました。この現象は、漢語が擬声・擬音語中心の段階から名詞・動詞など品詞語中心の段階に進む過程で生まれたと考えてよいかもしれません。漢語自体の発達過程としては当然の変化でしょうが、漢語とヤマトコトバがウリ二つの状態はこれでオシマイということになりました。

p-l-型の漢語擬声語
日本語(ヤマトコトバ)ではp-r-型の擬声語や擬態語がおおく、それをネッコにして、やがてp-r-型名詞・動詞などの品詞語が生まれ、p-r-型単語家族を組織してきたことが分かっています。漢語では、どうなっているでしょうか?
まずは「中日辞典」「日中辞典」(ともに小学館)や「日漢擬声擬態詞詞典」(郭華江編.上海訳文出版社、1990の中から、p-r-音擬声語の用例をさがしてみましたが、たしかな用例が見つかりません。そのかわり、p-l-型の用例が見つかりました。漢語ではもともと、p-r型やl-r型の音節はありますが、p-l型やr-r型の音節は成立していません。「音節語尾につくときは-r、語頭に立つときはl-」という原則どおり、2音節以上となる擬声語でもp-r-型は成立せず、p-l-型が成立したということかもしれません。
bala
叭啦 パリパリ(薄氷がくだける音)。
balabala
叭啦叭啦 パラパラ(ページをめくる音)。(「中日辞典」には不採用)
pala [
口+拍] ①パラパラ(ページをめくる音)。②ボコボコ・ポコポコ(モノをたたく音)。
palapala [
口+拍] [口+拍] 同上。
pilipala
劈理 [口+拍] パラパラ(山桃の実が落ち散らバル)。②パチパチ(拍手する音。木・マメなどがハリ裂ける音)。
日本語の擬声語が多種多様なのにたいして、漢語ではごく少数なことが分かります。また、ここでは日漢両方ともp-r(l)-音の語を中心にとりあげましたが、同一の音を表わす擬声語でも、日本語と漢語では別タイプの語音となっている例があります。つまり、日本語人の耳と漢語人の耳と、それぞれ別の音に聞こえることがあるというわけです
たとえば日本語のバラバラは漢語ではp-l-音タイプのbalabala, palapala, pilipalaだけでなく、p-t-音タイプのbadabada 叭嗒叭嗒padapada [口+拍][口+拍]k-l-音タイプのhualahuala嘩啦嘩啦などと表現されることがあります。
バリバリ(ひっかく音)やボリボリ・ポリポリ(かじる音)はgezhigezhi[口+支] [口+支]などとなっています。
擬声語と品詞語との関係
漢語にはp-lタイプの音節がありません。そのかわり、わたしがp-l-タイプと呼んでいる2音節語は多数あります。たとえば、つぎのとおり。
bolan
波瀾。大小の波。バラバラ・ボロボロに砕かれた水面。bo の上古音はpuar
bolang
波浪。波。同上。
boli
剥離。ホロリ・ボロボロ、ポロリはがれる。
boluo
剥落。ホロリ・ボロボロ、ポロリ、はがれ落ちる。
piaoliang
漂亮。パリッ・ヒラリとして、きれいだ。
piaoliu
漂流。フラフラ・ブラリ、ただよい流れる。
pilao
疲労。ヒリヒリ・ピリピリ、傷つき、いたむ。pi の上古音はbiar.
polan
破爛 ボロボロになっている。ボロ。くず。po破の上古音はp’uar

polang
破浪。バリバリ、波をけたてる。
polie
破裂。バリッと裂ける。割れる。
こうしたp-l-タイプ2音節語が多数成立していることは、さきにあげたp-r単音節語との関係を推定する手がかりになるものと、わたしは考えています。つまり、はじめに擬声・擬態語的なp-r単音節語が生まれ、成長・発達したあと、やがて語尾の-r子音が脱落する。その反面、p-r音感覚を強調、もしくは再現するために、p-l-タイプ2音節語が生まれたと考えるわけです。
p-r
p-lでは、おなじラ行子音でもrlのちがいがあります。どちらかといえばr音は字形のとおり曲線形(roll, run、コロコロ・コロガル)を連想させ、l音はこれも字形のとおり直線形(long, line、まっすぐツキススム)を連想させます。
漢語では、行音が語頭に立つときはすべてl-音となり、語尾につくときはすべて-r音となる。それが原則だと考えてよいでしょう。
「詩経」の中のp-l-音語
p-l-音語」というのは、イズミがかってに命名したもので、公式の用語ではありません。わたし自身、まだ手さぐりで資料を採集している段階です。漢語ではどの時代に成立したか、それも分かっていません。とりあえず、手もとにある「詩経詞典」(董治安主編、山東教育出版社、1989で調べてみました。つぎの2語が見つかりました。
bailei
敗類。腐敗分子。堕落者。baibuadは、2枚貝がパックリ割れる姿。

pili
仳離 離別されるの意。ビリビリ、二つに分かれる、裂かれる、イビリ出される姿。 pibiarと同音。
2
語とも日本語の文脈ではめったに聞かないコトバですが、語音そのものから「バラバラ、ヤブレル」「ビリビリ、ひきさかれる」姿が連想されます。pili仳離は文語ですが、あきらかに擬声語pilipala 劈理 [口+拍] 啦(ビリビリ・ピリピリ・バラバラ・パラパラ)を連想させるコトバです。
ここまで、日本語と漢語のp-rについて相関関係を考えてきました。勉強不足でもたついているあいだに時間がすぎ、スペースもなくなりました。このあと英語のp-r音との比較にはいる予定でしたが、それは次回にまわさせていただきます。どうもごめんなさい。