『古事記』解釈のキーワード③
法師のヒゲ
pike①
画像について
「法師のヒゲ」…今回も 梅本 公美子さんの 作品を 借用しました。もと
広報誌「おかべ」82号(1977年12月)に 掲載された「ヒコ大王の ほこり」に そえられた イラストで、この ブログでは 「ヒゲの 剃り杭」(2012.9.10)でも 借用させて いただきました。
「pike①」…『小学館ランダムハウス英和大辞典』から 借用させて いただきました。
法師らが
ヒゲの ソリクヒ[剃杭]
『古事記』にも ヒゲ・ヤツカヒゲ などの 用例が 見られますが、ここでは『萬葉集』の中
から
ヒゲを
クイに
見たてた
歌を
ご紹介します。
法師らが ヒゲ[鬢]の ソリクヒ[剃杭] 馬 繋ぎ いたく な 引きそ ホフシ[僧]は 泣かむ 萬。3846
わかい 法師の 顔 には、剃っても 剃っても 固そうな ヒゲが 生えて きます。ソリ[剃]のこした ヒゲが、じきに ソリ[反]かえって きて、まるで ボウグイ[棒杭]の ように 見えます。この クイ[杭]に 馬を つないで、ひっぱらせて みたら どう でしょうか。どんなに
元気そうな
法師
でも、やっぱり
なきだす
こと
でしょう。ほどほどに
して
おきましょう
ね…という
漫画チックな
歌です。
わたしが 注目する のは、ヒゲ=ヒク もの=クヒ[杭] という 発想法 です。どうして ヒゲ[鬢]=クヒ[杭] なのかと 反問される かと 思いますが、よく
考えて
みると、ごく
自然な
発想法
であり、どの
言語にも
よく
見られる
現象の
よう
です。
ヒゲ[鬢]は、動詞 ヒク[弾・引]と おなじp-k
グループの
コトバ。「ヒ[日・梭]+ケ[毛]」の構造。ヒカリや ヒゲ などが、ピカピカ・ピクピク、ヒク・ヒカル ことに よって、相手を ビクビク・ビックリ
させる
姿です。
クヒ(クイ)[杭]は、動詞 クフ[食]と おなじk-p
グループの
コトバ。対象(地面や 食品 など)に クヒコム・ウチコム
姿。そう
いえば、クビ[首] なども、「胴体に クヒコム・ウチコム クヒ[杭]」の 姿です。
つまり、ヒゲ[鬢]=ヒク もの=ウチコム もの=クヒコム もの=クヒ[杭]・クビ[首]と なる わけです。
ヒゲを 表わす 漢字には、シ[髭] (クチヒゲ)・シュ[鬚] (アゴヒゲ)・ゼン[髯](ホオヒゲ)・ビン[鬢]( ホオヒゲ) など いろいろ ありますが、それは 漢語の 世界での 話。ヤマトコトバ では、ヒゲ は1語 だけ です。
ヒク系の
コトバ いろいろ
ヒクは、p-k音 グループの 中の pik-系 という ことに なりますが、このpik-系 だけ でも かなり おおくの 単語家族が 成立して います。ここで、『古事記』の 中のpik-系の コトバを ひろって みます。
Pik-系 2音節 名詞は 案外 すくなく、確実な
ものは
ヒギ[氷木]・ヒゲ・ヒコ[日子・彦]くらい です。ヒギ[氷木]は、「ヒ[氷・梭]木」、「ツララ状、先端が とがった 木」、つまり ヒク[弾] 姿の コトバ。チギ[千木]とも いいます。ヒコ[日子・彦]は、やがて ヒコヂ・ヒコミコ
などの
名詞を
つくりますが、「ヒコ~の ミコ」「ヒコ~の
ミコト」という 形式でたくさんの 固有名詞を 生みだして いる ことに 注目したいと 思います。その点では、前回
紹介した
漢語
ヘキ[辟]と ならんで、ハク[伯](伯父・伯爵)の 意味・用法も 参考に なる でしょう。ただし、くわしくは
つぎの
機会に
ゆずります。
そのほか、ヰヒカの
ヒカ、ヒキコスの
ヒキ、ヒケタベ[引田部]の ヒケ なども、動詞ヒクの 名詞形と 解釈できる でしょう。
2音節 動詞は ヒク[弾・引・控](四) だけ ですが、3音節 動詞は ヒカス・ヒカル、4~5音節 動詞は ヒキアグ[引上]・ヒキカク[引闕]・ヒキコス[引越]・ヒキサフ[引塞]・ヒキソク[引退]・ヒキタフス[引仆]・ヒキトホル[控通]・ヒコヅラフ(ヒキヅル) など 多数 あります。
これらのpik-音語の うち、ヒキアグ・ヒキカク などの ヒキに ついて、いっぱんに「単なる 接頭辞
であり、意味は ない」と 解釈されて いる よう ですが、かならずしも
正確とは
いえないと
思います。もともと「ヒク+
アグ」「ヒク+
カク」など
二つの
語音を
連合させる
ことに
よって、あらたな
1語(意味連合)を 生みだした もの であり、意味の ない コトバを「頭に つけた」わけ では ありません。時代の
経過と
ともに、「意味が
忘れられた」だけ
です。
もう 一つ、単語の 認定基準は ナニか と いう 問題が あります。日本の
国語辞典(『広辞苑』)では、まったく 同音の ヒク(動四)を1語と せず、5語と して います。①[引]。②[引・曳・牽]。③[挽]。④ [弾]。⑤ [碾]。⑥[轢]。自動詞と 他動詞 など 意味・用法の チガイを 考えての こと でしょうが、客観的・合理的な
認定基準と
いえるか
どうか、疑問がのこります。
英語の 辞典 では、たとえば pickに ついて、他動詞・自動詞・名詞用法を ふくめて 1語として 解説して います。日本語・漢語・英語の
音韻比較を
する
ばあい
など、単語の
認定基準を
統一して
おいた
方が
便利だと
思います。
ヒゲ[髭]は、picket(くい)の 姿
さきほど ヒゲは クヒの 姿だと いいましたが、この
発想法(音韻感覚)は 漢語や 英語の世界でも 共 通の ようです。
漢語で「(青天の)ヘキレキ[霹靂]」などと いいます。青空が
出ていて
安心して
いたら、だしぬけに
黒雲が
立ちのぼり、イナヅマが
ピカリ、カミナリが ゴロゴロ。そこに いた人間どもは ビックリ仰天、という 場面です。漢字ヘキ[霹]は「雨+音符辟(ヒキサク)」の会意 兼 形声 モジ。ヘキレキ[霹靂]」とは、ピカピカ・ヒカル・イナビカリが
まわりの
も梭のを
バリバリ・ビリビリ・ヒキサク
姿を
表わす
コトバです。
この ように 見て くると、 ヘキレキ[霹靂]が p-k-l-kの 構造を もつ 語音で、日本語の
カピカ・ピカリ・ビクビク・ビックリピ、あるいは 名詞 ヒカリ、動詞 ヒク・ヒカル などと 通じあう 語音だ という ことが、なんとなく
分かって
くると
思います。
英語
でも、おなじ
ような
現象が
見られます。たとえば
日本語の
ヒク[弾・引]に あたる コトバが pickだ という ことは、前号で ご紹介した とおり です。Pickはヒク[弾]という意味の動詞用法がおおいのですが、「pick
upする」姿から「選択」「一突き」などを意味する名詞用法もあります。また、「ツルハシ[鶴嘴]」(石ノミ。pickする道具)」を意味する名詞用法もあり、さらに「織機のヒ[梭]」「ヒ[梭]でpickする」姿を表わす名詞・動詞用法もあります。
ツルハシ・ピッケルなどはヒク[弾]・pickする道具ですから、先端部が細く・トンがっています。山の頂上のトンガリ部分をpeakとよぶのも、おなじ発想法によるものでしょう。
スパイクも
ヒク[弾]・pickの 姿
ここでpike, spikeや pictureの 語音に ついて 考えて みましょう。
英語辞典(『小学館ランダムハウス英和大辞典』)では、同一の 語形pikeを もつ もの として、つぎの5語を あげています。
pike① カワカマス。大きく細長い大食の淡水魚。
pike② ヤリ・ホコ(で突く)。
pike③ 通行税。
pike④ 尖峰。
pike⑤ ヤリ・ホコなどの穂先。
pike⑥ さっさと行く。
pike⑦ [ダイビング] えび型飛込み。
いずれも、ヤリ・ホコサキ・ヤジリ
など、先端が
とがった
ハモノの
姿が
連想されます。それは
やがてpick, picketの 姿で あり、またヒク・ヒゲの
姿
です。
Pikeは 英語の 文脈では パイクと 読みますが、かりに
日本語
ローマ字
つづりの
文脈で
読めば
ピケと なります。ヤマトコトバの ハ行音は もと パ行音 だったと 推定されて いますから、pike=ピケ=ヒケ=ヒゲ。ヒケトリは、「仲間に 引かれて、一斉に
飛び立つ
鳥」の
こと。ヒゲも「ヒカレタ[被弾] 毛」(顔をpickして 埋めこまれた ケ[毛・木]=クイ[杭])という ことに なります。
このように 見て くると、p-k音語に かんする かぎり、日漢英の 音韻感覚には かなりの 共通点が あるように 感じられます。
英語辞典 では、spikeに ついて つぎの 2語を あげて います。
spike① 先の とがった イヌクギ[犬釘]。靴底に 打つ 金具。
spike② (小麦 などの) 穂。
いずれも「s + pike」の 構造で、「ヒク・ヒカリ・ヒゲ」「pick, picker, pike」などの 姿を連想させる コトバです。
Picture(絵画) なども、pict-の 語音 から すぐに「pick, picked」や「ヒク・ヒッカク」姿が 連想されます。「引っ搔かれた もの」と いう 点では、ヒケタ[引田]や ヘキデン[辟田]など も「picked
field」と 解釈した ほうが 分かりやすい でしょう。
ヒコ[日子]と ハク[伯]の 関連
など
タイム リミット なので、今回は ここまでと します。ただ、せっかく p-k音語 論議が 佳境に はいった ところ なので、もう 1回 だけ 延長して、「ヒコ[日子]と ハク[伯]」や 「ヒケタ[引田]と ヘキデン[辟田]」の 関連 などを とりあげて みたいと 思います。
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