k-n音 漢語は
多数派
前回 見てきた とおり、日本語 (ヤマトコトバ) では、k-n音の コトバは、k-m音や k-r音 などに くらべて、あきらかに
少数派でした。
しかし、漢語の 世界 では、k-n音語は むしろ 多数派の よう です。たとえば、『学研・漢和大字典』で 日本 漢字音 カンの 項を 見ると、「干・刊・間・官・感」など、200字 ほど あります。キンは「金・禁・近・巾・斤・均」など、50字 以上。クンは「君・訓・勲」など、20字 以上。ケンは「建・件・賢・拳・県・験」など、約 180字。コンは「今・昆・困・根・婚・紺」など、約150字。おおざっぱな 数字で 申しわけ ありませんが、数えるのが いやに なる ほど、たくさん あります。
ただし、キン「今・金・近」や ケン「建・券・剣」が コン とも よまれる などの 事情が あり、k-n音 漢字が 合計 どれだけに なるか、簡単には 計算 できません。
k-n音 漢語の
意味は さまざま
k-n音の 語数が おおいと いう ことは、その 意味用法も さまざま あると いう ことに つながります。ひとくちにk-n音と いっても、漢語では
どんな
種類の
音タイプが
あり、それぞれ
どんな
基本義 (事物の姿)を 表わして いるのか、具体的に
さぐって
みたいと
思います。
まずは、日本漢字音を たよりに、日本語の 文脈に なじみの ある 漢語を 中心に 考えて みます。そのあと、上古漢語
から
現代漢語
までの
音韻変化を
考えあわせ
ながら、「k-n音 漢語の
基本義」、「日漢 k-n音語の 対応関係」などに ついて、サグリを
入れてみる
ことに
します。
なお、一つ一つの
漢字の
字形や
音形に
かんする
解釈に
ついては、基本的に
『学研‣漢和大字典』に したがって います。いちいち
引用の
原典を
しめして
いませんが、。おゆるし
ください。
クネル・マガル・メグル姿 (1)
ヒトの 体は、頭・胴体・手・足
などの
部分に
分ける
ことが
できます。各部分は、それぞれ
骨・肉・皮膚
などで
できて
います。骨(骨格)は ヒトの 体形を たもつ ために必要 ですが、骨自体が 固定された 状態 なので、自力では
飲食を
はじめ
なに
ひとつ
運動が
できません。
この 難問を みごとに 解決した ものが カンセツ[関節] です。関節は、骨Aと 骨Bの中間に あり、双方に カラミつき、つなぎ
止める 役割を はたします。カネあわせて、関節を
軸と
して、手足を
クネクネ・クネラセル
(自由自在に マゲル・ノバス) 役割を はたして います。
カン[関]の 字形は、もともと
左右
2枚の
トビラを
カンヌキで
つらぬき、人馬が 通行し カネル 姿を 表わす モジ でした。A地区とB地区の 接点に 関門を 設置する ことは、A・B それぞれの 地区の 安全を まもる ための 対策 として 必要 だった ので しょうが、たしかに 不便です。商人たちは、逆転の
発想に
したがい、「関門通行対策を
講ずる」ことで、さらに
遠方の
地域
まで
取引先を
拡大する
ように
努力しました。関所の カン[関]は、成功と 失敗を 分ける カナメ でした。
人体の カンセツ[関節]と セキショ[関所]・カンモン[関門]の カン[関] とは、一見した ところ、なんの 関係も ない 別の ものです。しかし、「AとBの 双方に 巻きつき、つなぎ止める ことに よって、あらたな
活動を
カノウ[可能]に する」、「願いを
カナエル」という 点では、まちがいなく おなじ 姿だと いえます。
このように、一方では「交流を
遮断」しながら、他の
一方では「あらたな
活動を
可能に
する」という、一見
ムジュンした
意味を
表わす
コトバと
なりました。このことは、日本語のkan-音が カヌ[不勝・不得](動下二)と カヌ[兼] (動下二)・カナフ[叶・応]」((動四・下二))など、相反する
意味用法を
もって
いる
事実と
対応して
いる
ように
思われます。
クネル・マガル・メグル姿 (2)
日本語の クネルに 当てた 漢字表記は 見あたら ない よう ですが、クネル 姿 = マガル・マゲル・マキツク・メグル 姿」と 考えれば、やはり
クネルは
漢語
カン[巻]や ケン [捲] に 通じる 語音かと 思われます。
カン[巻]の 字形は、もと「バラバラに
なった
ものを、まるく
曲げた
両手で
受ける」姿と
解されて
います。そのご、カン[巻]が
マキモノの
意味に
つかわれる
ように
なった
ので、原義「マク・マキツケル」を
表わす
ために
ケン[捲]と 書く ように なったと いう こと です。
拳骨や 拳闘 などの ケン[拳]は、「まるく にぎった コブシ」、「散らばる ものを 握り 集める 姿」と 解説されて います。たしかに、ケン[拳](コブシ)は テノヒラと ユビの 合作で あり、無数の カンセツ[関節]が もつ 「クネル・マガル・メグル」ハタラキの 集大成だと いえます。
ケン[券]は、「開かれた 手を にぎる 姿」、「ひもで 巻いて 保存する 手形」、「小刀で
木札に
刻んだ
ので、刀を
加えた」と
されて
います。やはり、マキモノ[巻物]の 姿です。
ケン[圏]は、「まるく かこんで、とり巻く」姿。おり。かこい。
クネル・マガル・メグル姿 (3)
カン[官]は、「宀(ヤネ)+ ツミカサネ」で、「家屋に おおぜいの 人の 集まった さま」、「カン[舘]の 原字」と 解されて います。「宀(ヤネ)の 下の ツミカサネ」説には 異論も ある ようですが(白川静『漢字の世界2』では、「軍事用の 食肉」と 解説)、「たいせつな 人や 食品」の メグリを クネル・マガル・トリマク (守る) 姿が カン[官・舘]の 基本義と 考えて よい でしょう。
カン[管]の 字形は、もと「竹の 切り口」の 姿。クダ状に なって いて、「クネル・マガル・マキツク・メグル」などの シゴトを する ことが できます。この こと から、やがて [管理・管轄] などの 意味用法が 生まれ ました。
カン[棺]は、死体をとり巻いて
収容する
木の
箱。死者の
館。かんおけ。
ガン[元]は、「人体の 上部に ある、まるい 頭」の こと。上部先端に
ある
ので、ハジメの
意味にも
なります。
カン[完]は、もと「まるく
とりかこみ、(頭・顔を)まもり
とおす」姿。やがて、完成・完了・完全などの
造語要素と
なります。
カン[冠]は、「冖(かぶる)
+
寸(手) + 音符 元」の 形声モジ。まるい カンムリを 手でカブル
姿。カン[完]・カン[垣](まるく
囲む
垣根)・イン[院] (まるく 囲まれた
中庭)と
同系の
コトバ。
ガン[頑]は、もと ガン[元]と おなじく、「まるい 頭」の こと。やがて 「かたくなな 古くさい 頭」の 意に なりました。
カン[環]は、もと「まるく
とりまく」姿の
玉(=タマキ[手纏・釧]。→環境・環礁。
カン[還]は、「まるく まわる」、「めぐる」、「円を
えがいて、もとに
帰る」姿。→還元・還付・還暦。
カン[垣]は、まわりを とり巻く 姿の 土塀。
カン[桓] は、まわりを とり巻く 姿の 植木。
ガン[願]は、「頁(あたま)+
音符 原(まるい 泉。まるい)」の
会意
兼
形声
モジ。ガン[頑]と おなじく、「まるい 頭」の 意 から、「カタクナな
思い」、「願う。願い」の
意を表わす
ように
なったと
解されて
います。
ガン[丸]は、「曲がった 線 + 人が 体を まるめて しゃがむ さま」の 会意 モジ。まるい姿。ガ[臥]・ガン[頑]と 同系の コトバ。
クシで ツラヌク 姿
カン[串]は、「二つの ものを クシ(一本の 線)で つらぬく さま」の 象形 モジ。つらぬく。うがつ。
カン[患]は、「じゅず つなぎに 気に かかる こと」。わずらう。うれい。
カン[貫]は、「毌(ぬきとおす)+
貝
(貨幣)」の 会意 モジ。カン[串・関]と 同系。
カン[慣]は、「一貫した やり方に 沿った 気持ち」。なれる。ならす。
キ[木]の ネッコの 姿
コン[艮]は、「目 + 匕 (ナイフ)」の 会意 モジで、頭蓋骨の 目の 穴を ナイフで えぐった ことを 示す。目の 穴の ように、一定の ところに とまって とれない 意を 含む。ガン[眼]の 原字。
コン[根]は、「木 + 音符 艮(じっと とまる)」の 会意 兼 形声 モジで、とまって
ぬけない
木の
根、また
ネヅク
姿。コン[恨・痕]や ゲン[限] (境界線の しるし)と 同系。
コン[痕]は、「根を おろす。ネヅク」姿。また、「クサビを
打ちこんだ
アト[痕]が のこる」姿。ものの あとかた。あと。→墨痕・痕跡。
コン[恨]は、「心 + 音符 艮(じっと とまる)」の 会意 兼 形声 モジで、じっと 心中に きずあとを 残し、根に 持つ こと。うらむ。うらみ。
コン[跟]は、「足 + 音符 艮(じっと とまる)」の 会意 兼 形声 モジ。くびす。したがう。
ゲン[限]は、「阜 (土盛り) + 音符 艮」の 会意 兼 形声 モジで、土地の 境目に 土盛りを つくり、ここ までと 目じるしを つける こと。かぎる。かぎり。
k-が -nする 姿
カン[干]は、ふたまたの 棒を 描いた 象形 モジ。人を 突く 武器(ホコ)にも、身を
守る
武具(タテ)にも
用いる。カン[幹・竿]の 原字。カン[乾](ほす。かわく)に 当てるのは、仮借。ほこ。たて。おかす。かかわる。ほす。
カン[刊] は、「刀 + 音符 干」の 会意 兼 形声 モジ。オノで 切る 意を あらわす 動詞。きる。けずる。
カン[汗] は、「水 + 音符 干」の 形声 モジ。熱されて 乾く ときに 出る 水液の こと。あせ。カン[乾・旱]と 同系。
カン[旱] は、「日+ 音符 干」の 形声 モジ。」かわく。ひでり。カン[乾]と 同系。
カン[肝] は、「肉 + 音符 干」の 会意 兼 形声 モジで、身体の 中心と なる ミキ[幹]の 役目を する 肝臓。⇔肝腎 カナメ。
カン[竿] は、「竹 + 音符 干」の 会意 兼 形声 モジで、竹のミキ。また、竹や
木の
長い
棒。さお。
カン[幹]は、「乾の 原字 + 音符 干」の 会意 兼 形声 モジ。中心と なる 丈夫な ミキ[幹]の こと。干(棒)・竿(太い竹棒)・桿(太い棒)と 同系。→幹部・幹事。⇔カナメ。
カム・クワエル・タクワエル
姿
カン[函]は、矢を ハコに いれた 姿を 描いた 象形 モジ。は
こ。⇔ハム[食・喫・入]・フクム[含]。
カン涵は、「水 + 音符 函」の 会意 兼 形声 モジで、水の
中に 入れて つける こと。ひたす。
カン甘は、「口+・印」の
会意
モジで、口の
中に
食物を
含んで
味わう
ことを
示す。やがて、うまい(あまい)物の 意と なった。あまい。
カン酣は、「酉 (酒つぼ)+音符 函」の 会意 兼 形声 モジで、酒の 甘さに 封じ こまれた さま。たけなわ。
カン[柑] は 「木 + 音符 甘」の 会意 兼 形声 モジで、うまい 実の なる ミカン。
カン[拑] は、「手 + 音符 甘」の 会意 兼 形声 モジで、入り口を
閉じて、中に
はさみこむ 動作の こと。はさむ。ふくむ。鉗 (金ばさみ)・含(ふくむ)などと 同系。
カン[敢]は、もと「手 + 手 + /
印
(払いのける) + 音符 甘」の 会意 兼 形声 モジで、封じ こまれた 状態を、思い切って 手で 払い のける こと。あえて~する。
カム・カラム 姿
ケン[兼]は、「二本の 禾(いね)+手」の
会意モジで、いっしょに
あわせ持つ
さまを示す。かねる。かねて。ケン[検]と同系。
ケン[倹] は、きちんと 引き締めた 生活ぶりを 表わす。集約して 引き締めるの 意を含む。ケン[検・険]などと同系。
レン[廉]は、「广(いえ)+ 音符 兼」の 会意 兼 形声 モジで、家の 中に 寄せあわせた物の 一つ一つを 区別する 意を 示す。転じて、物事の けじめを つける こと。かど。いさぎよい。やすい。
レン[簾] は、「竹 + 音符 廉」の 会意 兼 形声 モジで、竹を そろえて あんだ すだれ。
ケン[検]は、もと 木簡を 集めて まとめ、封印する こと。集めて 締める 意。 しらべ
る。取り締まる。しめくくる。
ケン[剣]
は、両刃の まっすぐ そろった カタナ。つるぎ。
ケン[険] は、山の 頂上が 斜線を 集めた 形に とがって いる こと。けわしい。とげとげしい。
ケン[験] は、「馬 + 音符 検の 略体 」の 会意 兼 形声 モジ。もと、馬を
乗りくらべて、よしあしを ためす こと。ためす。しるし。
カン[監] は、「皿の 上に 水 + 臥」の 会意 モジで、大皿に 水を はり、その上に 伏せて 顔を うつしみる こと。見る。かんがみる。カン[鑑] と 同系。
カン[鑑] は、「金 + 音符 監 」の 会意 兼 形声 モジ。かがみ。かんがみる。
ラン[藍] は、「艸 + 音符 監 」の 形声 モジ。あい。
ラン[覧] は、「見 + 音符 監(伏し目で みる)」の 会意 兼 形声モジで、下の 物を 上 から 見まわす こと。
このあとは 次号で
ここまで、日本人に
なじみの
ある
k-n音 漢語を 中心に、
その 基本義を さぐり、k-n音
日本語との
対応関係に
ついて
も
考えて
きました。しかし、正直な
はなし、ここまでの
作
業は
ほんの
序の口に
すぎません。k-n音 漢語の 音形に つい
ても「上古漢語 から
現代漢語
までの
音韻変化」や「k-n音
の 具体的な 音形 区分」(kan, kuan, kiuen, gan, guan,
giuen, hanなど)の 問題が あり、いわゆる「日本漢字音」
(カナ書き)だけ では たよりない
感じが
します。
さらに
いえば、「上古漢語では
存在した
k-m音が、現代
漢語では k-n音に 合流して いる」、「上古漢語の
段階で、
一時的に
klamなどの 二重子音が 存在した 可能性が ある」
(ケン[兼]と レン[簾]、カン[監]と ラン[藍]など)などの
問題も
あります。
次号 では、「上古音・現代音を
付記した
k-n音 漢字 一覧
表」を 準備した うえで、「日漢 k-n音語の 対応関係」につ
いて、もう 一歩 だけ 前進した 議論を したいと 考えて いま
す。
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