2016年3月5日土曜日

k-n音の 漢語を 考える (2) 


k-n 漢語の 基本義は とらえ にくい

 前回 ご報告の とおり、k-n 日本語に くらべて、k-n
漢語は 語数が おおく、そ 意味用法も さまざまで、その
共通基本義を さぐる ことは かなり 困難です。そして その
困難さの 原因は、k-n 漢語 成立の 歴史経過の なかに かく
されて いる ように 思われます。

 すこしだけ 具体的に いいますと、上古漢語の 時代には、
kan[], ken[], kuan[] どの k-n 漢語の ほかに、
kam[], kem[], kiem[] などの k-m 漢語や、klam
[], kliam[] などの kl-m 漢語も 成立して いました(そ
痕跡が、いわゆる「日本漢字音」の なかにも のこって
ます)。ところが、そのご 漢語世界に 音韻変化が おこり、
これらの k-m, kl-m音が すべてk-n音に 合流して しまいました。

 したがって、k-n音漢語の 基本義を たしかめる には、本
来の k-n だけで なく、あわせて k-m, kl-m音の 基本義に
ついても たしかめて おく ことが 必用に なります。それだ
複雑な 作業に なりますが、それだけ コトバの シクミの
おもしろさを 感じさせられる 作業でも あります。ついでに
いいますと、日本語の 世界 でも、上代語 ミナ[]ミラ[]
などの m-子音が n-子音に 変化して、現代音 ニナ・ニラと
なって います。日本語と 漢語の 双方に 共通の 音韻感覚が
あり、共通の 事情 から おこった 音韻変化かも しれませ
ん。研究に あたいする 問題だと 思います。

 

k-n 漢語の 基本義
 ここで、ひとまず 日・漢・英 など 民族言語の ワクを
えて、いっぱんに k-n あらわす ことが できる 意味
(事物の 姿) 範囲」に ついて 考えた うえで、おなじ
k-n  漢語の 基本義に ついて 考える ことに しましょ
う。

  わたしが 理解する ところ では、「コトバの 意味 とは、そ
コトバを 発声する とき、発声器官に 生じる 感覚の
合」で あり、それ以上 でも、それ以下 でも ありません。
k-n音語に ついて いえば、「k-音の 基本義 + n-音の 基本義」で あり、具体的には「k- n-」「k- n-する」「k-して n-する」など、さまざまな 姿を あらわす ことが できま
す。

  コトバは、基本的に 母音と 子音に 分けられ ます。母音
eiou などは、その 形を 見る だけで 区別が 分かる
から、子音の ちがいを こえて、事物の カタチ(○□△一
など)に 対応した 意味用法が 見られます。漢語で いえば、
イチ[] yi ワン[碗・椀・腕・湾] wanなどの 対照が 典型
的な もの です。

 また 日本語では、動詞形 ク[來]に たいして、名詞形
[髪・梶・蚊・香・日](クル[來・刳]もの)・キ[來]
(クル こと)・ケ[毛・気](クル もの。カの 交替音)な
名詞形が 成立して います。英語 でも、動詞 pitch(投
げる)の 語尾変化に よって、pitcher(投げる ひと)・
pitching(投げる こと)などの 語が 生まれて います。日本
英語に 共通の 音韻感覚が はたらいた 結果 かも しれま
せん。漢語では、音節の 造が ちがう ので、こうした 現象
起こり ようが ありません。

  母音の 役割も 重要ですが、子音の 役割は さらに 重要で
す。子音の 種類は、民族言語に よって さまざま ですが、お
おざっぱに 見てk, g, m, n, p, b, f, v, r, l, s, z, t, d など
ります。調音の 場所や 方法 などに よって、「唇音・牙音・
喉音・舌音・歯音」、「歯茎音・口蓋音」、「破裂音・鼻
音・側音・摩擦音・破擦音」などに 分類 されます。いずれも
「発声器官に 生じる 感覚」に 対応した 分類 です。

 

  それでは、あらためて k-n 漢語の 音形と 意味との
さぐる ことに します。

  まずは、k-n 漢語 (漢字) 基本形と みられる 音形 kan 字形 [] もつ 語を とりあげます。基本的に、『学研・漢和大字典』に したがい、「日本漢字音・上古音・漢字・日本語訳」の 順に 表記 して みました。ただし、活字の 都合 などで、上古音の 表記は 原典の 表記と 一致しない 点が 多数 あります。おゆるし ください。また、*印 以下の解説や 日本語訳も、イズミ 個人の 解釈に よる ものを ふくんで います。あわせて、おゆるし ねがいます。

 

さまざまな 用途を カネル 棒、kan
カン kangan ほす。ほこ。たて。かかわる。*もと 武器。ふたまた(Y型) 棒。

カン kan gan 肝臓。*肝腎 カナメの はたらきを する 内臓。

カン kan竿 gan さお。*Y型の 竹の 棒。

カン kan gan  みき。わざ。*旗が 高く なびく姿。

カン kan jian  よこしま。*女性や 正道を おかす こと。

カン k’ankan  きる。けずる。*オノで キル 姿。

カン k’an kan  しおり。*同じ 大きさに 四角く 切りとった 木の ふだ。

カン han han  かわく。ひでり。カン[] 同系。

カン han han あせ。*熱して 乾く ときに 出る 水液。カン[]  同系。

カン ngan an きし。 *厂型に カドだった 水ぎわ。ガン[] 同系。

 カン[] グループ だけで、ざっと こんな ぐあいに なりま
す。カン[]は、もと 木や 竹の 棒の こと。あるいは、棒を
ふりまわす こと。さまざまな ことに 使える こと ら、や
がて「なにかを スル」ことを 意味する ように なりました。
日本語の スルは、も スル[] 意。英語の doは、もと to
set, put 意と されて います。音形は さまざ ですが、に
たような 経過を たどって コトバの 意味用法が 決定された
ことが 分かります。

 

じっと トマル 姿、ken
コン ken gen  八卦の 一つ。うしとら。とまって 動かない。*小刀で、目の まわり イレズミを する。また、刀を ツキサス ように 視線を むけ、動かさ ない こと。ガ[] 原字。

コンken gen  木の 根。つけね。本来の 性質。*とまって ぬけない 木の 根。

コンken gen  くびす。したがう。*根の 姿。

コン hen hen  あと。あとかた。*傷あとが のこる 姿。

コンhen hen  うらむ。うらみ。*心中に 傷あとが のこる 姿。

ゲン han xian かぎる。かぎり。*土地の 境目に 土盛りを つくり、ここ までと じるしを つける こと。

ガン ngen yan  まなこ。め(あな)。カナメ。*コン[] 原義を あらわす。

 

クネル・マガル・メグル姿、kuan
カン kuan guan  つかさ。おおやけ。役人に なる。人体の いろいろな 役目を する部分。*家屋に おおぜいの 人が 集まった さま。

カンkuan guan  くだ。つかさどる。わくを はめて まとめる。*まるく メグル・ユキワタル 姿。

カン kuan guan ひつぎ。*死体を とり巻いて 収容する 木の 箱。

カンkuan guan  やかた。*公用人が 隊を なして いる 家。のち、公用者が 食事を する やしき。

カン kuan jian  カヤの 一種。[]スゲ。*まるい アナが とおって いる 草。

 kuan 発声する とき、口の 形が ひとりでに ○や □の
姿に なります(=クダ[] 姿)。この ことに よって、
kuanグループの コトバが 「クネル・マガル・メグル 姿」
あらわす ことに なったと 考える ことが できます。

 

クネル・クナグ・カタクナの 姿 nguan
ガンnguan yuan  こうべ。はじめ。もと。*人体の 上に まるい ・印 (アタマ) いた 象形モジで、人間の まるい 頭の こと。胴体との 関係で いえば、「クネクネ ken根」の 姿。

カン kuan guan  かんむり。*「冖 (かぶる) () 音符 元」の 形声モジ。

ガン nguan wan  かたくな。もてあそぶ。*「頁(あたま) 音符 元」の 会意 声モジ。頑丈で 融通の きかない 頭の 意と なる。好きな ことに クネル(熱中する) 姿。

カン huan wan まったし。まっとうする。おわる。*宀 (やね) 音符 元」の 形声 モジ。マガリ クネリ ながら、つなぎ とおす 姿。

 

クシで ツラヌク 姿、kuan
カン kuan guan  つらぬく。うがつ。[] くし。
  *二つの ものを 一本の 線で つらぬく さま。

カン huan huan うれえる。わずらう。うれい。わずらい。*心を 貫いて、じゅずつなぎに 気に かかる こと。

カン kuan guan つらぬく。なれる。*もと、二つの まるい 貝を ひもで ぬき通した 姿。

カン kuan guan  なれる。*一貫した やり方に 沿った 気持ち。

カン kuan guan  かんぬき。とざす。せき。かかわる。*カン[貫・串]・セン[穿] などと 同系。Aと Bを つなぐ、カナメ 役割。→関節。

 

クネル・マガル・メグル 姿 kiuan
カン kiuan juan  まく。まきもの。*両手で、まるく 巻く 姿。また、体を 丸く かがめる 姿。

ケン kiuan juan  まく。*カン[] マキモノの 意に 使われる ように なった ので、原義を あらわす ために 使われた。

ケン k’iuan quan  手形。印紙や きっぷ。*手形の 文句を 小刀で 木札に 刻み、ヒモで 巻いて 保存した。

ケン giuan quan こぶし。*手を まるく にぎりしめる 姿。

ケンgiuan juan  つかれる。うむ。*体が ぐったりと 曲がる 姿。

ケン giuan quan おり。かこい。まるい器。*まるく カコム、とり巻く 姿。

 

カム・ハム・ハサム 姿
カン kamgan あまい。うまい。あまんずる。*口の 中に 食物を 含んで あじわう 姿。

カン hamhan  たけなわ。*酒に 封じこめ られて、うまさに 酔った さま。

カン kam gan  ミカンの 一種。*うまい 実が なる ミカンの 木。

カン giam qian はさむ。ふくむ。*入り口を 閉じて、中に はさみこむ 動作。

カン kamgan  あえて~する。*封じ こまれた 状態を、思い切って 手で 払いのける こと。もと、音符 カン[] 含む 字形。

カン giam qian  くびかせ [首枷]。ふさぐ。*金属の ワクで はさんで、物を とじこめる こと。

カン k’am qian はまる。はめる。くぼみ。*山中に 入りこんだ くぼみ。コモル・コメル姿。カン[](落ちこむ)・ケン[](くぼみ)と 同系。

カン giam qian 首かせ。はさむ。はめる。

コンkem gan  深みの ある 青。*ガン[]・カン[] 同系。

 まえに 指摘した とおり、上古漢語の 時代には k-n音と
らんで k-m音の コトバが 通用して いました。ここに 紹介
した k-m 漢語 (甘・柑・拑 など) 基本義は、日本語 カム
(カミつく、カミしめる など)の 基本義と まったく 一致し
ます。

 

キマル・キメル・コメル・コモル姿
キン kiem jin  いま。いまに。いま(もし)。*囲み 閉じて、おさえるの 意。捕えて いる 時間。

キン kiem jin かね。こがね。おかね。*土の 中に 点々と とじこもって 含まれた 砂金。

キン kiem jin にしき。*金糸を 織りこんだ 絹織物。

キンk’ iem qin  ふすま。きょうかたびら。*外気と 体との 間を ふさいで、地温を たもつ 夜着。 

キンgiem jin  おび。えり。*胸もとをトジコメ、体裁              をキメル ひも。

キン giem qin こと。*胴を 密封して、中に 音が コモ    ル ように した 装置。

ガン hem han  ふくむ。ふくめる。*口の 中に 入れて     かくす こと。

 地層の 中に 砂金が コモル 姿は、地層が 砂金を カム・オシコメル 姿でも あります。また、日本語の カム[]は、ハム・ハメル・フクム 姿でも あります。

 

カム・ハム・フクム 姿
カンhemhan  はこ。*矢を ハコの 中に 入れた 姿。
 カン [] 同系。

カン hem han ひたす。*ガン[]・カン[] などと 同    系。

 

カミシメル・トジコメル 姿
カンkem gan  強く 心に こたえる。*カン咸は、「戈    (ホコ)を 手に 持つ ことで 相手に ショックを 与え、      口を 封じる」こと。カン 感の 原字。

カン kem jian とじなわ。とじる。*トジコメル 姿。

ゲン kem jian  へる。へらす。*水源を カミシメ、カ   ラシ、水量を 減らす。

カン ham xian  塩からい。*口に 含んで、カミシメル
  姿。

 

カム・カガム・クボム 姿
ケン・ケツkiam, kiuat qian, que  欠く。欠ける。あくび。*人が 口を あけ、体を くぼませて かがんだ さま。

ケン・カン k’iam qian  くぼむ。欠ける。 *くぼんだ 容器、または、中が カラに なった アナの 姿。

 

k-l-m
カム・カラム・クボメル 姿
ケン klam jian かねる。かねて。*二本の 禾(イネ)を カネあわせて 持つ さま。ケン検 (一か所に 集めて、調べる) 同系。

ケン k’am qian  へりくだる。*くぼんで 退き、うしろに ヒカエル姿。

レン gliamlian  かど。いさぎよい。やすい。*家の 中に 寄せあわせた 物の 一つ ひとつを 区別する こと。

レン gliamlian  すだれ。*竹を きちんと 切りそろえた     姿。

 上古漢語では、k-n音や k-m音と ならんで、 kl-m音の 音節が 成立して いたと 考えられて います。おそらく 先進技術の 伝来 などの 事情で うまれた もの でしょうが、語頭に 二重子音を もつ音節は 漢語の 音韻感覚 から 見て 違和感が あり、やがてk-n もしくは l-n音に 合流した ものと 考えられて います。この ことも、k-n 漢語の基本義を 考える ことの 複雑さを もたらして いる ようです。

 

カム・カラム・キリコム・クルム 姿
カンklam jian  アルカリ。あく。*アクが 点々と
  ふき出たさま。カン鹹と 同系。

ケン giam jian つつましい。切りつめる。*ひとところに
  集めて 引きしめる 姿。

ケン kliam jian しらべる。とりしまる。しめくくる。*木簡を 集めて まとめ、封印する 姿。

ケン kliam jian ツルギ。*両刃の まっすぐ そろった    刀。

ケン・レンkliam jian   かお。顔面。*もと、肉の せんぎりの 意。のち、ケン瞼と混同して、顔 そのものを あらわす。

ケンkliam jian まぶた。*目の 表面を おおい かくしたり(ヒキシメル)、あけたりする 姿。

ケン ngiam xian けわしい。*両側が そろって 傾斜し、   頂上が 切り立った 山。

ケン hliam xian  ためす。しるし。きざし。*馬を 乗りくらべて、よしあしを ためす こと。

ケンhliam xian けわしい。とげとげしい。

 

カム・カラム・カラメトル 姿
カン klam jian みる。かんがみる。*大皿に 水を はリ、その 上に 伏せて 顔を うつしみる こと。水かがみで、姿を みさだめる こと。

カン klamjian  かがみ。かんがみる。*水かがみの 時代は []、青銅器 時代に なって [] 書く ように なった。

カン hlam jian おり。てすり。*動物を カラメ とり、
  とじコメル ための おり。

カン ham jian  いくさぶね。*やぐらの 上から 見おろす   大きな 軍船。

ランglam lan あい()。*こい 青色が 視線を カラメ
  とる さま。

ラン glam lan みる。*高い から 下の ものを
  見まわし、状況を カラメとる 姿。

 

日漢英 音韻比較の 手がかり
  ここまで、2回に わたって k-n 漢語の 基本義に ついて 考えて きましたが、わたしの 能力不足で、その 全体像を とらえきる ことは できません でした。申しわけ ありません。それでも、上古 漢語音として 成立して いた k-m, kl-m音を とりあげ、日本語カム・コモル・カラム などとの 音韻比較を こころみる ことが でき、やや 手ごたえを感じる ことが でき ました。今後、日漢英の 音韻比較を すすめる 上で、一つの 手がかりに なればと 考えて います。
   次回は、k-n 英語を とりあげる 予定です

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