ネオ・漢字ものがたり⑥
同上銅器銘文
血液をスミズミまでシミこませる
このまえは、「お酒の香りをシミこませて清める」話をしました。きょうは、「血液を体のスミズミまでシミこませるものが心臓」の話からはじめましょう。
画像は、漢字シン[心]の甲骨文と銅器銘文の字形で、『古文字類編』(高明編・中華書局)から借用しました。甲骨文の字形は、ハートマーク♡のようにも見えます。銅器銘文の字形は、より具体的・忠実に心臓姿の姿を写生した感じです。
シンゾウ[心臓]とは、シン[心]のゾウ[臓](はらわた)。つまり、大小の血管をとおして血液を送りだし、体のスミズミまでシミわたらせ、使用ズミの血液を回収(シマイこむ)して再生させる循環センター(中心)です。
漢字シン[心]の発音は、上古音シムsiemから現代音シンxinに変化しています。同類の漢字にシンsiem沁・滲shenがあります。ともにシム・シミル・ニジム姿を表わすコトバです。語音シムの名詞用法(シミわたらせるモトジメ[元締])がシム[心]、動詞用法(シム・ニジム)がシム[ 沁・滲]と書き分けられたと考えてよいでしょう。
シミルまでシマシ[暫時]
ハモノで物をキル姿を表わす漢字には、セツ[切]・カン[刊]・バツ[伐]・サイ[栽]・セン[剪]・ザン[斬]など、いろいろあります。そのうちの一つ、ザム(ザン)tsam斬zhanの字形・字音と意味の関係について考えてみましょう。
ザムtsam斬zhanは、もともとサ[箭](ヤジリ)などのハモノをシミこませる姿を表わすコトバです。この場合、ヤイバがシミコムまで、シマシ(シバラク)時間がかかります。ほんのすこしの時間ですが、それをザムdzam暫zanとよび、[暫時・暫定]などといいます。ヤマトコトバのシム・シマシ(シミルまでのひと時)とよくにた音韻感覚のコトバです。
心臓にハモノがシミこむ
ザム[暫]は「日+音符斬」の会意兼形声文字で、ザム[斬]する時間を表わすコトバですが、もうひとつのザム[慙]は、「心+音符斬」で、ザム[斬]する時の心情を表わすコトバです。[慙念・慙愧]などといいます。「心臓にハモノがシミこむ」光景を見せつけられれば、どれだけねむい時でも目がサメます。また想像するだけでも、心臓が凍りつきそうなサムザムとした思いになります。
ここでも、s-m音漢語ザム[斬・暫・慙]とs-m音日本語サム[覚・醒・寒・冷]・シム[浸・染・占・締]などとのあいだに共通する音韻感覚を感じさせられます。
おなじサマ[様]、same, simple
漢語では、上古漢語で存在したs-m音語が、現代漢語ではすべてs-n音に変化しています。しかし日本語や英語では、現代語にも多数のs-m音語が見られます。その点では、漢語よりも英語のほうが日本語と共通感覚をもつコトバがおおいようにさえ思われます。
たとえばA. D. D.(『アメリカの遺産、英語辞典』)フロクで、「語根sem-1(基本義one, as one)からの派生語」として、つぎのような語があげられています。
same同一の// seem~に見える// similar似ている// assimilate一致させる// resemble~に似ている// simple単純な//
ここにあげた英語の日本語訳を見ても、直接s-m音は出てきません。それでは、英語のs-m音は日本語や漢語のs-m音とまったく無関係なのでしょうか?
ここで、「語根sem-1からの派生語」が「基本義one, as one」の姿を共有しているという事実に注目しましょう。s-m音の基本義を「スミ[炭・墨]がシミつく(同色にソメル)」姿と解釈すれば、日漢英のs-m音語について統一的な説明ができそうです。たとえば
こんなぐあいに;。
*スミ[炭・墨]などのシミsmearが、ハンカチや服にシミつくsmear。
*シミつかれた部分は、もとのスミ[炭・墨] などと同じサマ[様]sameで、単純simple、あるいは similarな姿に見えるseem。
*おなじくサムといっても、意味用法はサマザマ。その中で、漢語のサム [三]と英語のsomeは「漠然多数」を意味していた。
[三々五々]の[三]と[五]は、ともにsomeの意で、厳密に計算した数字ではない。数概念としてのサム [三]は派生義。
セマイところへスミこむsmoke
sm-ではじまる英語には、small(ちいさい、セマイ)の姿がつきまとうようです。スミ[炭・墨]やsmoke(けむり)は微粒子のかたまりなので、どんなセマイところでもスミこむ・シミこむことができます。sm-音とはそんな姿を表わす語音だと考えれば、ナットクしやすいかもしれません。
*まわりからセマられ、セメられ、セマイ[狭]姿がsmall。
*口をセマく開きほほえむ姿がsmile。おおきくワリこんでワラフlaughと対照的。
*ハモノがシミコム。傷口の痛みがズキズキとシミル姿が smart。
*かさばるモノをシメつけ、smallな姿にする…smash粉砕する// smite打ちのめす//
*超微粒子、液体・気体…smokeけむり//
smog煙霧// smolderくすぶる//
.
*smallだから抵抗なくシミこむことができる…smoothすべすべした// smutスス、シミ//
smutchシミをつける//
スミノエ神とMr. Smith
さいごに、とっておきの話があります。それは、『古事記』にも出てくるスミノエ神と英語でいうMr. Smithとが、もともと「スミをシミこませる技術者」(鍛冶屋)にささげられた称号だったという仮説です。
1994年に『スミ・シム・SMITH…スミノエ神はSMELTING のMAGICIAN』を発表してから、機会あるたび主張してきましたが、これまでのところ
ほとんど反応がありません。
どうして反応がないのかと、考えてみました。それは、国語学・言語学・歴史学あるいは自然科学の分野でも、日本人の学者・研究者のあいだに、無意識のまま「漢字信仰」みたいなものがシミこんでいるからです。もうすこし正確にいえば、「書面言語は信頼できるが、音声言語は研究対象とする価値がない」と思っている。だから、日本語と漢語・英語の音韻を比較するなどという発想がうかばないのです。その点で、表音文字(ローマ字)をたよりに、音韻感覚を重視して研究をすすめる欧米の研究者との間にズレができているようです。
それでも、わたしはあきらめません。
次号で、あらためてこの問題をとりあげます。どうぞ、おたのしみに。
0 件のコメント:
コメントを投稿