2012年1月31日火曜日

k-t音擬声・擬態語と音象徴

 日漢英のコトダマくらべ(2) 



「教育・文芸とやま」


 「日漢擬声擬態詞詞典」 



 「プログレッシブ英語逆引き辞典」




「コトダマのサキハフ国」論議、補足
「コトダマのサキハフ国」という文句を「コトダマがサカエル国」と解釈するか、それとも「コトダマがサキハヒ[幸福]をもたらす国」と解釈するか?このことは、コトバやコトダマについて議論する場合、いちばんの基本問題だと考えています。このブログでは、昨年11/22コトダマのサキハフ国」、12/1321世紀版コトダマのさきわい2回にわたって、この問題をとりあげました。
実は、200512月にも小論「ユフとアサとユーラシア…東西コトダマくらべ」(「教育・文芸とやま」第11所載)の中でも、この問題をとりあげています。

アス・アサ・アシタは、アサの矢(朝日)がサシのぼる時間帯。ユフ・ユフべは、ユウヒ[夕日]が西の大地とユフ[結]時間帯。アジアAsiaは、アサヒがサスあたり、朝の国ヨーロッパEuropeは、1日中天空をかけめぐった太陽が大地とevenになる(ユフ[結])、eve, evening(夕方)の国
コトダマなどのk-tについて)日本語の動詞カツ[合]は、もともとカツカル(ブツカル)姿だが、やがて(カツカル結果)カチワル姿をあらわす。敵のアタマをカチわればカチ[勝]。このカツは、漢語カツ[割]や英語cutにも通じる。コトバコト[事・言]のハ[端・葉]one cut (of the story)。「コトダマのサキハフ国」(万. 894)は、「コトダマが栄える国」の意味。「言霊の力によって幸福がもたらされる国」と解釈するのはマチガイ。

擬声・擬態語の意味を考える
これまでk-t音のコトバについて議論してきましたが、じっさいは動詞と名詞が中心で、擬声・擬態語をとりあげたことはほとんどありません。しかし、コトバの語源や、言語の発生・発達の問題について考えはじめると、いつも擬声語や擬態語のことが気になります。
「擬声語はオトを写すだけのもので、意味はない」などという人もいますが、とんでもないマチガイです。アメ・カゼ・カミナリの、海や川の波の、ケモノやトリの鳴き声などは、すべて古代のひとびとの生活に直結する重要な情報源でした。それで、動物の鳴き声をそっくりマネしてケモノやトリをおびきよせたり、自然に発生する音を人間の発声器官でマネして擬声語をつくったりしました。擬声語は、「もっとも重要な意味を、もっとも正確に、もっともわかりやすく伝達する」ために生みだされたコトバです。

k-t音日本語の擬声・擬態語
今回はまず、k-t音の擬声・擬態語をとりあげます。とはいっても、日本語の擬声・擬態語の数はハンパでないので、とりあえずおもな擬声語からとりあげることにします。

kat- カタカタ・ガタガタ・カタリ・ガタリ・カタン・ガタン・カチカチ・ガチガチ・カチャカチャ・ガチャガチャ・カチャリ・ガチャリ・カチャン・ガチャン・カチン・ガチン・ガッチャン
kit-
:キチキチ・ギチギチ
kut-
:クツクツ・グツグツ
ket-
:ケタケタ・ゲタゲタ
kot-
コチコチ・ゴチゴチ・コチンコチン・コツコツ・ゴツゴツ・コツン・ゴツン・コトコト・ゴトゴト・コトリ・ゴトリ・コトン
国語辞典をざっと見ただけで、これだけあります。これらの擬声語すべて「カタイものがカツカル(ブツカル)」ときに発生するオト[音]を表わすコトバであり、やがてまた、そのときの事物のスガタ[姿]を表わすコトバ(擬態語)にもなります。
「人間の発声器官」を調整し、「自然音が発生するときのスガタ」をマネして発声するものなので、「音声」と「発声器官のスガタ」と「自然音発生時のスガタ」とのあいだに一定の対応関係が生まれます。この「オト[音]とスガタ[姿]の対応関係」が分かったおかげで、ぎゃくにカタカタ・カチンなどの擬声語(音声信号)を聞いただけで、すぐに「カタイものがカツカル」姿を連想できるようになりました。いいかえれば、人間の大脳が聴覚信号を視覚信号に翻訳できるようになったということかもしれません。

名詞・動詞などとの関係
この「オト[音]とスガタ[姿]の対応関係」は、擬声語と擬態語とのあいだだけでなく、一般の品詞語(名詞・動詞など)とのあいだにも見られます。いささか乱暴で、分かりやすいいい方をすれば、カタカタ・コトコトなどの擬声語から、名詞カタ[方・形・型・潟]コト[事・言]動詞カツ[合・搗・勝]カタム[]カタル[]コトナル[]形容詞カタシ[堅・固]・ゴツイ副詞カッチリ・コッテリなどが派生したと考えることができます。

k-t音漢語の擬声・擬態語
さて、漢語のk-t音擬声・擬態語の場合はどうでしょうか?日本語にくらべて、かなりすくないように感じます。それは漢語独特の音節構造や漢字(表意文字)使用と関係があるのか?単に文字言語として記録された資料がすくないだけなのか?それとも、漢語や英語などにくらべて、日本語の方が異常なのか?くわしいことは、まだ分かりません。
(ナマクラをして、とりあえず)「中日辞典」(小学館)「日漢擬声擬態詞詞典」(郭華江.上海訳文出版社)の中から擬声語を中心にひろってみました。擬声語がそのまま擬態語として使われ、また時には名詞になったりする点は、日本語と同様です。
gadagada
嗄嗒嗄嗒 ガタガタ(擬声)。
gadeng
嗄噔 ガタガタ、ガタン、ドキッ(擬声)。
geda
 ①咯嗒 カタマリ。②疙瘩 できもの。カタマリ。③圪塔 カタマリ。丘。④咯嗒 ガチガチ(擬声)。
gegedaga
①咯咯嗒嗒 カタカタ(擬声)。②疙疙瘩瘩 ガタガタ、デコボコ(擬態)。
gedeng
咯噔 ガタン、ガタゴト(擬声)。
gudu
咕[口+都]グツグツ(擬声)。
kacha
喀[口+察]カチッ、ガチャン(擬声)。
kada
喀嗒 カタッ、カタン、ガチャン(擬声)。

k-t音英語の擬声・擬態語
これまでのところ、k-t音英語の擬声語の用例は、見あたりません。カタカタ・ガタガタはa clatter, a rattle、カチカチはticktack、ガチャンはcrashなど、いちおう対応する訳語が見つかる場合でも、k-t音ではなく、k-l, r-t, t-k, k-rなど、まったく別の音タイプの語音になっています。
このことから、日本語人と英語人の耳には、同一の自然音別々の音にきこえるのではないかと考えられます。このことは、日本語と漢語の擬声語についても見られる現象ですが、総合的にはやはり日本語の音韻感覚は英語より漢語に近いと思われます。

「音象徴」理論について
「プログレッシブ英語逆引き辞典」(小学館、1999)「擬音語・擬態語・音象徴」の項で、大森良子さんがこう述べています。
一般に、語を表す音と意味との関係は単なる約束ごとにすぎず、恣意的(arbitrary)である。しかし…ある語が発せられた時、その語を表す音を頼りに、意味するものを想定できることがある。それは交通標識や地図記号のような類似記号(icon)と対象物との関係において、記号を見れば即座に意味するものを視覚的に理解できるという事実に似ている。音声という聴覚による刺激が対象物との必然性を感じさせ、様々な情緒を呼び起こすのである。
また、現代英語に擬声語がすくない理由についても、つぎの指摘が参考になります。
…時代とともに音韻変化が起こって擬音語起源であることが忘れられてしまう語もあって、pigeon「ハト」(<後期ラpipioひなバト)、laugh「笑う」(古英hlǣh(h)an)などは一般語と区別がつかなくなってしまった例である.
大森さんの「音象徴理論」を、英語だけでなく日本語や漢語にも応用してゆけば、日漢英の音韻比較にもあたらしい道がひらけてくるかもしれないと期待しています。

2012年1月17日火曜日

カツカル・カチワル・カツ[割]・cut

日漢英のコトダマくらべ(1)


「現代日本語音図」部分 
 


「日本のまんなか富山弁」
 


カチワルものがカツ[勝]


 「カード64」(k-t


 「教育文芸とやま」14


日漢英のコトダマくらべ
きょうから あらためて、「日本語と漢語と英語のコトダマくらべ」シリーズをはじめたいと思います。学術研究ふうにいえば、音韻比較ということになります。ただし、わたしの勉強不足で、この分野でのまともな研究報告資料を目にしたことがありません。そこで、たいへん恐縮ですが、とりあえず、わたしの独断と偏見にまみれた「音韻比較」・「コトダマくらべ」についてご報告させていただきます。しばらくおつきあいくださるよう、お願いします。そのうえで、「ここがまちがっている」、「この資料を勉強してからモノをいえ」など、お気づきの点を教えていただければ、ありがたいと思います。
8音図」・「64音図」で比較する
日本語と漢語と英語は、それぞれちがった音韻感覚の言語、つまり相互に異質の言語と考えられているようです。異質なもの同士で計量比較しても、あまり意味のある結果がでるとは期待できません。3言語の音韻比較には、まずなんとかして3言語ともに等質の比較資料(素材)を準備しなければなりません。
英語などインド・ヨーロッパ語族の言語については、各民族言語について「語根と派生語の関係」を中心に「単語家族」の研究がすすんでいて、民族言語間の音韻比較資料(素材)としても利用できるようになっています。日本語や漢語についても、同様な手続きで、同様な音韻調査資料がそろえば、英語などとの音韻比較ができるようになるでしょう。
いいかえれば、日漢英の3言語を「人類語の1方言」として同格・同類に見ることから、3言語の音韻比較の道がひらけてきます。モノの比較には、共通のモノサシが必要。音韻比較には、「母音と子音の区分」や「語根と派生語の関係」がモノサシになります。
人類のコトバは、さまざまなオトで成り立っていて、数えようもありませんが、つまるところ母音と子音の結合であり、オトをはなれてコトバは成立しません。音韻比較とは、どんなオトでどんな意味を表わしているかの比較です。
そのためには、3言語に共通のモノサシとして、無数にある母音や子音をなるべく少数のワクに分類するのが便利です。理論上はいろいろな分類法が可能だと思います。イズミの場合、現代日本語のためという実用性も考えて、「8音図」、「64音図」という2段階の分類法を考案しました。日本語のヤマトコトバだけでなく、漢語や英語についても共通の音韻感覚で比較できるようにと考えてみました。
たとえば、「コト・コトバ・コトダマ」や「カツ・カタ・カタチ・カタドル」などはすべてk, t子音を共有しているので、64音タイプ中のk-t音タイプとして分類します。同時に、漢語カツ[]や英語cut, cutter, cuttingなども、おなじk-t音タイプとして分類し、比較できるという趣向です。なお、くわしくは「現代日本語音図(2008)をご参照ください。
カツカルとカチワル
コトダマくらべのコトハジメは、k-t音タイプのコトバからということにしました。日漢英ともに、かなり使用頻度の高い語音タイプです。
富山の方言で、「ブツカル・ブツケル」の意味で「カツカル・カツケル」などといいます。また、水車小屋や精米所のことをカッチャ[搗ち屋]、ウチコムことをカチコム、ウチワルことをカチワルなどといいます(簑島良二著、北の本新聞社発行、「日本のまんなか富山弁」を参考)。いずれも、カツ・カチなどk-t音タイプのコトバです。
k-t音の上代日本語に、カツ[且]・カツ[勝](動四)・カツ[合](動下二)などの用例があります。カツ[搗]の上代語用例は見あたりませんが、これらカツ・kat-音のコトバには、なにか基本的に共通なイメージがつきまとっています。それは、①カツカル(ブツカル)姿、②(その結果として)カチワル(ウチワル・ブチコワス)姿です。

カチワルものが、カチ[勝]をカチトル
たとえば剣道の試合で、A君がB君とカツカル(ブツカル)場合、A君のシナイがB君の面をカチコムことができれば、A君のカチ[勝]となります。また、クリやクルミは、カタいカラをカチワルcutする)ことで、うまい中身をカチトルgetする)ことができます。つまり、カラと中身にブンカツ[分割]する姿です。
カツものがカタ、カツことがカチ
ヤマトコトバのカツ・カタ・カチと英語のcut, cutter, cuttingとのあいだには、みごとな対応関係が見られます。動詞カツカツカル・ブツカル・cut)をベースにして、カツものがカタ(型・cutter)カツことがカチ(勝・徒歩・cutting)というふうに、日英共通の音韻組織原則みたいなものができています。この現象は、もちろんk-t音動詞だけではなく、k-r, t-k, m-kなど、どの音タイプの動詞についても同様です。ただし、漢語では音節の組織が特殊な構造なので、こうした現象は見られません。
カタ[形・像]カチワル・ケヅル・カタドルことでgetされるカタチ
カタ[型・cutter…簡単に、正確にカタドリ・cuttingできる道具。
カタ[方・肩・潟]カツ(搗・割・cut)ことで生じる方向・体型・地形。
カタ[片・カチ割られたもの。①カタワレ。②カタヨリすぎている。
カチ[徒歩]…両足をコンパスとして、1歩ずつ大地をカチワル、cuttingの姿。

コトバ、コトのハ、one cut
カタル[語]とは、コトバをならべてカタ・カタチ[形]をつくること。起承転結のあるモノガタリをつくることです。カタルというコトバは、語根kat--r子音がついてできた派生語。カタリは、動詞カタルの基本形katar-の語尾に-i母音がついてできた名詞形。
コトは、カタの母音交替形
コト[事・言]…宇宙空間におこる森羅万象をk-t音で切りとった(cut)もの。コトバ[言葉]は、コト[]のハ[端]、カタリのone cut
コト[琴]…中空にカットされ、共鳴装置をもつ弦楽器。神のコト[事・言]をカタル器とされていた。
コト[毎・殊・異]カットされたカタワレクヅ[屑]。ケヅリカス[削り糟]。本体とはコトナル[異]。こまかに見れば、ひとつコト[事]ゴト[毎]にコトナル[異・殊]。
なお、日漢英k-t音語の音韻比較資料としては、「カード64(2005)や「コトバはカタリのワンカット」(「教育文芸とやま」14号所載、2007)などもご参照ください。