『古事記』解釈の
キーワード⑨
コノハナサクヤ姫
岩をサク矢
田をスク[鋤]ナ[刃]
ハルヒ・カスガ・クサカ
画像に
ついて
2012年9~10月、ブログ「s-k音の 基本義を 考える」シリーズで 使用した イラストの中 から、再度 使用させて いただきました。いずれも
梅本 公美子
さんの
作品
です。
天皇名の
中の w-k音、s-k音
古代天皇名の 中には、カムヤマトイハレヒコ・ミマキイリヒコイニヱ・オホハツセワカタケなど、現代人の
感覚から
みて
やたら
ながったらしい
ナマエを
もつ
例が
すくなくありません。しかし、よく
考えて
みると、その
ナマエの
中に、出身地・親族・経歴などに
かんする 情報が つめこまれて いる らしく、どの 部分も 簡単に カットする わけには ゆかない よう です。
それでは、どんな
語音に
どんな
情報が
こめられて
いたか、具体的に
見てみましょう。時代に よって 特定の 語音が
流行した ようで、時代の 経過と ともに おおきく 変化した ことが 分かります。その 語音を たよりに、それぞれの
時代社会の
実態を
よみとる
ことが
できるかも
しれません。
古代の 天皇名で 目立つ のは、「○○ヒコ 天皇」という ナノリ です。初代 神武(カムヤマトイハレビコ[神倭伊波禮毘古]) から14代 仲哀(タラシナカツヒコ[帯中津日子])まで、2代 綏靖(カムヌナカハ[神沼河耳])を のぞく13人の 天皇名に ヒコ[日子]の ナノリがみられます。ヒコ[日子]に ついては、もともと「日の 御子」を 意味する コトバであり、動詞 ヒク[弾・引]の 名詞形 とも 解釈 できます。さらには、[彦]と 表記される ことも あります。ヒク・ヒコ・ヒカリ
などの p-k音語に ついては、別の 機会に あらためて 議論して みたいと 思います。
ヒコ[日子]に ついで、ワカ・ワケ・ワク
など
w-k音を もつ 例が かなり あります。
また、シキ・スキ・サザキ など s-k音を もつ 例も スコシ あります。
今回は w-k音、s-k音の 用例に ついて、具体的に 考えて みる ことに します。
w-k音を なのる 天皇
古代天皇名の 中の w-k音を ざっと チェックして みました(代数・追号・ナマエの 順)。
9. 開化 ワカヤマトネコヒコオホビビ[若倭根子日子大毘毘]
⒓ 景行 オホタラシヒコオシロワケ[大帯日子淤斯呂和氣]
⒔ 成務 ワカタラシヒコ[若帯日子]
⒖ 応神 ホムダワケ[品陀和氣]
⒘ 履中 オホエノイザホワケ[大江之伊邪本和氣]
⒙ 反正 タヂヒノミヅハワケ[蝮之水歯別]
⒚ 允恭 ヲアサヅマワクゴノミコト[男浅津間若子宿禰]
21.雄略 オホハツセワカタケ[大長谷若建]
23. 顕宗 ヲケノイハスワケ[袁祁之石巣別]
24. 仁賢 オホケ[意富祁](?)
26. 武烈 ヲハツセワカサザキ[小長谷若雀]
32. 崇峻 ハツセベノワカサザキ[長谷部若雀]
ざっと ごらんの とおり ですが、語音で 分けて みると、ワカ[若]・ワク[若]・ワケ[別・和気]・ヲケ[袁祁・(意富祁)]と なります。
ワカ・ワク・ワケ
などは、動詞 ワク[別・分] (ワケル・ワカレル)の 名詞用法、あるいは 派生語と 見る ことが できます。もとの
本体
から
ワカレル
という
ことは、本体にくらべて、それだけ
ワカイ[若] という こと にも なる ワケ です。
ここでは 出て きませんが、動詞
ワク[湧・沸]も「まわりを おしワケて、ワキでる」姿。名詞 ワク[枠]も、動詞 ワク[別・分] の 名詞用法 です([枠]は 国字)。
ただし、ヲケ[袁祁]・オホケ[意富祁)]の 意味・用法に ついては、疑問が のこります。岩波文庫版・小学館版の 解説を 見ても、ヲケ[袁祁]の 意味に かんする 解説は ありません。ヲケ[桶](ケは乙類カナ)との 関連も 考えられ ますが、ヲケ[袁祁]の ケは 甲類カナ なので、甲乙カナヅカイの チガイ という 問題が 出てきます。
漢語・英語の中のw-k音
ここで 参考までに、漢語・英語の
中の
w-k音が どんな イメージに つながって いるか、考えて みましょう。
まず、日本漢字音 ワクの 漢字を ひろって みます(日本漢字音。上古音・漢字・現代音の順。『学研・漢和大字典』に よる)。
ワク・コクfuek或・惑huo [或]の 字形は、「ある 領域を 区切り、それを 武器で 守る」ことを 示し,ヰキ[域]や コク[國]の 原字。ワク[惑]は、「心が狭いワクにかこまれる」姿。*ある領域=囗印=ワク[枠]。
ワク・ガ・カク fuek画・劃hua ある 面積を 区切って、筆で 区画を しるす ことを あらわす。キ[規](区切りを つける コンパス)などと 同系。
ワク・カクfuak穫huo 「禾(作物)を手中(ワクの中)におさめる」姿。
*活字の つごうで、上古音の
頭子音を
f-と 表記 しましたが、じつは f-とも h-とも とれる 微妙な 子音 です。日本語の ハ行音が「もとは p-, ph-音 だった」(現代音
では、フ以外は
h-音に 変化した)と されて いる のと よく 似て います。
英語の
w-k音語との 関連は、まだ よく 分かり ませんが、IE語根と して weg-(to be strong, be lively )、その 派生語と してwake1目がさめる, waken起こす, watch見守る, wait待つ, vegetable野菜, vigor活力, などが あげられて います。「目がさ める」とは、「マブタを 上下に ワケル」こと。watch, waitは、観察対象の ワクを しぼり、ワクワクした 気持ちで 見守る・待つ 姿。Vegetableは、みずみずしさ・ワカサ(活力)が
ワキでる 食品です。
ついでに いいますと、wake2は「(船などに よって 残される) 波の 跡。航跡」と 解説されて います。これ なども 日本語の ワケ[分・別]と よく 似た 音韻感覚で うまれた コトバと 思われます。
s-k音を なのる 天皇
初代 から 30代 までの うち、つぎの 6人の 天皇が s-k音の ナノリを もって います。そのうち、あわせて
ヒコ[日子]の ナノリを もつ 天皇が 2人、ワカ(ワク)[若]の ナノリを もつ 天皇が 2人 います。
3. 安寧 シキツヒコタマデミ[師木津日子玉手見]
4.懿徳 オホヤマトヒコスキトモ[大倭日子鉏友]
16. 仁徳 オホサザキ[大雀]
19. 允恭 ヲアサヅマワクゴノスクネ[男浅津間若子宿禰]
25. 武烈 ヲハツセワカサザキ[小長谷若雀]
30. 敏達 ヌナクラフトタマシキ[沼名倉太玉敷]
ヤマトコトバで、w-k音の 2音節動詞は ワク[分・別・沸・湧] だけ ですが、s-k音の 2音節動詞は サク・シク・スク・セク・ソクの 5音形が そろって 成立して います。天皇の ナノリに ふくまれる シキ・スキ・サザキ・スクネ
などは、それぞれ
動詞 サク[裂・咲・割]・シク[敷・布]・スク[鋤・透・好] などと 同系の コトバと 考えられます。
スズメの ことを なぜ サザキと 呼ぶ のか?サザキは「サ[箭・羅・狭]+サキ[裂・割・咲・先]」の 構造で、「小さく サク」姿 から「チイサキ[小] トリ[鳥・隹]=スズメ」を 意味する ことに なったと 考えられます。なお、日本語の サ行子音は、もと ts-音 からs-, sh-音に 変化した ものと 考えられて います。
漢語・英語の中のs-k音
すこし 気を つけて さがして みると、s-k音の コトバは 日本語に かぎらず、漢語や 英語でも たくさん 成立して いる ことが 分かります。それぞれの 言語の 語彙体系の 中で、さまざまな
s-k音語 グループ (単語家族)が つくられ、まさに 花ザカリの 状態 です。
日漢英の s-k音は それぞれ 独特の 音韻感覚に よって 単語家族を 組織して いる わけですが、その 音韻感覚の 実態は、つまる ところ「その 語音を 発声する ときに、発声器官に 生まれる 感覚 (触覚など)」と 考えられます。人類の 発声器官の 構造や 機能がほぼ 大同小異と なれば、その 範囲で 人類の 音韻感覚も「基本的に、ほぼ
大同小異」の
面を
もっている
はず
です。
そこで あらためて 観察して みると、w-k音、s-k音に かぎらず、日漢英の 語音には、民族や
国家の
ワクを
こえて、共通の
音韻感覚が
はたらいて
いる
ことが
感じられます。
s-k音の 漢語は 多数 あります。漢和辞典で 日本漢字音 サク だけ 見ても、[作・削・索]はじめ50字 ほど ならんで います。ただし、日本語の 音韻感覚では おなじ サク でも、漢語の 感覚 では[tsak作zuo](ts-k音語)と[siok削xiao]、[sak索suo](s-k音語)のように 分かれます。Ts-k音は、t-k音と s-k音と チャンポンに した 語音 ですが、すべてs-k音として 日本語の 文脈に とりこまれた わけ です。
たとえば、サク[削]は「刀+音符肖」の 会意 兼 形声。ショウ[肖]は「肉を 小サク けずる」こと。そして ショウ[siog小xiao]は、「棒を 小さく、細く、サク・ソグ」姿 です。
また、ジャク[雀]の 字形は もともと「トリ[隹]+音符小」の 象形兼形声。その ジャク[雀]の 形を した サカズキが シャク[爵](爵位)。「(雀が エサを) 小さく サキくだく」姿が シャク[嚼] です。
s-k音の英語も 多数 あり、s-k音 日本語との 対応関係を 感じさせる ものも すくなく ありませんが、すでに 予定の スペースを 超えた ため、その 一部を 紹介する だけに とどめます(IE語根・基本義・派生語の
順)。
Sag- (to seek out) seekサガス, sake1原因。目的, *⇔サカイ・サカエ・サカライデ(~カラ。原因・理由を
示す。富山弁)。
Sek- (to cut) saw1のこぎり, skinはだ, section分割, sector扇形, insect昆虫, sickle鎌.
Skei-1 (to cut, split)
science科学, skiスキー, shitくそ.
Skel-1 (to cut) shell貝がら, shale頁岩, scale1うろこ, skill技量, shelf棚, sculpture彫刻.
Sker-1 (to cut) shear切る, share1ワケル[分], score刻み目(サケメ), short短い, shirtシャツ, skirスカート, screenスクリーン, curt, sharp, scrap1, scrape, screw.
*語根の基本義の項に「to cut」と解説されていますが、それはk-t音でいいかえただけの話。もともと「サク[裂]・サケル」姿と判断したことから、s-k音のコトバ(skin, scale, scoreなど)がうまれたと考えるべきでしょう。
cut=カツ[割]=カル[刈・借]・キル[切]=サク[裂・割・削・索]・ソグ[削]。(コトバ足らずですが、説明している時間がありません。ごめんなさい)
おなじ 一つの 現象 でも、視点の ちがい から、ちがった 音形で 表現される ことが しばしば ある という 1例 です。
ご参考まで
日本語の s-k音に ついて、これまで にも この ブログで とりあげた ことが あります。s-k音の 基本義や 語根と 派生語との 関係を さぐる こころみの 記録 です。この 機会に ぜひ いちど ご覧いただき、ご参考に
なればと
願って
います。
2012.9.30. 「コノハナサクヤ姫」…岩を
サク矢…カタシワ[堅石]も 酔人を サク[避]…サク[削]・sect.
2012.10.12. 「スクナ神の 誕生」…石立たす スクナ 御神…田を スク・ナの 神…オホナと スクナ。
2012.10.23. 「カスガと クサカ」…カナスキの 岡…ハルヒの カスガ…クサカ[日下]と ヒノモト[日本]。