「漢字物語」79イラスト
ツノダル[角樽]とソン[尊]・スン[寸]
前回は、漢語 トン[屯]と 日本語 ツノ[角]が おなじ 姿を もっている ことを 指摘しました。今回も その つづき として、スン[寸]・ソン[尊]と ツノ[角]・ツナ[綱]の 対応関係をさぐる こと から はじめます。
いまでも 婚礼など お祝い用に ツノダル[角樽]が 登場します。まさしく
ツノ[角]が 生えた 姿の タル[樽]です。国語辞典には、「二つの ツノ[角]の ような 大きく 高い 柄を つけた 朱塗りの 樽。エダル[柄樽] とも」と 解説して います。ヤマトコトバでは、エ=[柄]=[枝]。ツノの ように ツキデル 姿。つまり、エダル[柄樽]=ツノダル[角樽]と いう ことに なります。
ところで、漢字 ソン[樽・尊]には スン[寸]の 字形が ふくまれて います。この スン[寸]は、「手の指 1本の 幅」を しめし、その 漢語音は ts’un寸cun。日本漢字音は スンと なって いますが、s-n音と いう よりは t-n音タイプと 見るべき 語音です。
こうして みると、漢語スンts’un寸cunは ヤマトコトバの ツノ・ツナなどと 音韻的な ツナガリを もつ ことばでは なかったかと いう ことに なります。すこし
話が
うまく
できすぎの
感じも
しますが、じっくり
考えて
みましょう。
「漢字物語79、尊の字編」
例に よって、まず 小山鉄郎さんの 解説「漢字物語79、尊の字編」(北日本新聞連載)と はまむら ゆうさんの イラストを 拝見します。小山さんは ソン[尊]を はじめ、スン[寸]の 字形を ふくむ 漢字 ソン[樽]・ジュン[遵]・シャク[爵] などに ついて 解説して います。 「尊」の 元の字は シュウ[酋] に [寸]を 加えた
形。シュウ[酋]は、ユウ[酉](酒樽)から 香りが
立つ 姿で、「寸」は 手を
意味する。したがって、「尊」は 香り立った 酒樽を 手で持つの
意。古代文字の ソン[尊]は、片手で なく、両手で ユウ[酉]を ささげ持つ 姿。いいかえれば、「たつとぶ」「とうとい」姿。
ソン[樽](たる)は、木製の
ソン[尊]。ソン[罇](たる。かめ)は、土器の ソン[尊]。公爵・伯爵・男爵などの
シャク[爵]も、もともとは 酒器の
名前。イラストに あるのが、青銅器製の「爵」。ジュン[遵]は、その 酒樽を もって、めぐり行く
こと。「酒を 供えて祭
をし、その祭りに よって
従わせる」こと。
スン[寸]の字形・音形と意味
さて、ここからは
字形
よりも
音形を 中心に 意味との
関係を さぐる ことに します。まず、小山さんの「尊の字編」に 登場した 漢字の 音形を たしかめます(上古音・漢字・現代音の
順)。
スンts’un寸cun// ソンtsuen尊・樽zun// ジュンtsiuen遵zun// シャクtsiok爵jue//
ごらんの とおり、日本漢字音では
語頭子音が
すべて
サ行音と
なって
いますが、上古漢語音では
すべて
ts-音と なって います。日本語 タ行音の ツと よく にた 語音です。
手の指が ツンツン ツキデル・ノビデル姿が ts’un寸cun(日本語では ツノ[角])。両手で酒樽を
ささげもつ
姿が
ソンtsuen尊zun(たつとぶ)。2本の ツノを エ[柄]として もつ 姿が ソンtsuen樽zun(たる)。その 酒樽を ささげて 巡行し、祭りに 参加させる 姿が ジュンtsiuen遵zunと いう ことに なります。
シャクtsiok爵jueは t-n音語では なく、 t-k音語。ジャク[雀](スズメ)の 形を した小型酒器。サカヅキ(酒をツグ容器)。
ついでに いえば、「ツンツンして いる姿」は「ツノをはやした姿」、つまり「ソンダイ[尊大]な態度」という こと ですね。
t-m 音、t-r音との 子音交替関係も
ここまで 2回に わたって、漢語 t-n音が あらわす 基本義を さがぐって きました。まだまだ
ほんの
序の口で
ウロウロして
いるに
すぎませんが、漢語
音韻組織の
中で
t-n音が 一定の 役割を はたして いる ことが 見えて きました。また 日本語と 漢語の
t-n音には、民族や 国境を こえて 共通する 音韻感覚や
基本義が 生まれて いる 例も 見つかりました。
この あと もう1回 だけ、t-n音 漢語の 基本義を さぐり つづけます。あわせて、前回から 宿題に なって いる「t-m 音、t-r音との 子音交替関係」に ついても、ぜひ なんとか 見当を つけたいと 思って います。