「カード64」より
今回はt-r音語
t-t音につづいて、こんどはt-r音タイプのコトバをとりあげることにしました。
全部で64音タイプあるものを、どんな順序でとりあげるか、べつに基準はきめていません。ただ、どの民族言語にも、音素と音素の組みあわせにはスキキライがあるようで、成立するコトバ数がおおい音タイプとすくない音タイプに分かれます。そこで、なるべく日漢英とも比較的語彙数がおおいと思われる音タイプから取りあげることにしました。
わたしが調べた資料(「日漢英対照64音図のこころみ」2001)では、64音タイプのt-グループの語彙数は、日本語(ヤマトコトバ)ではt-k, t-m, t-rの順、漢語ではt-k, t-n, t-r(=t-t)の順、英語ではt-r, t-k, t-mの順になっていました。自己流で、ふるい資料ですが、いちおう参考にしています。
画像について
ここにかかげた画像は、2005年に発表した「カード64」の1枚「t-r音の語」です。イラストは梶川之男さんの作品。t-rづくしの文句「デル[出]ものは、テル[照]。テラ[寺]の屋根がテル[照]」にたいして、テラ[寺]・トリ[鳥]・トリヰ[鳥居]やタル[垂]・(太陽・手・足などが)デル[出]・テル[照]・トル[取・捕]姿などをヨセガキしていただきました。t-r音語の音形と共通基本義の対応関係について考えるテガカリになればと願ってつくりました。
t-r音の擬声語
日本語の擬声・擬態語はおおいといわれますが、t-r音の擬声語は比較的すくないようです。
tar-…該当なし。タラタラ・ダラダラなどは擬態語用法。
tir-…チャラチャラ・チャラン・チャリン(小さな薄い金属製のものがふれあって発する音)・チョロチョロ(わずかな水が流れる音)・チリチリ(チドリの鳴き声)・チリンチリン(鈴などが鳴る音。チリリンとも)。
tur-…ツルツル(麺類などを食べる時に出る音)。
ter-…テレツク(囃子の太鼓の音)。
tor-…ドロドロ(芝居で幽霊などが出る時に打つ太鼓の音)。
t-r音の擬態語
擬態語はかなり多数あります。
tar-タラタラ・タラリ・ダラダラ・ダラリ・ダラン。*手足・枝葉などがタレ下がる姿。
tir-チョロッ・チョロリ・チラチラ・チラリ・チロチロ・チロリ。*チイサク・デル姿。
tur-ツラツラ・ツラリ・ツルツル・ツルリ・ツルン。*ツルリ滑る、ツラナル姿。
ter-テラテラ・デレデレ。*光線や筋肉がツキデル・ノビデル姿。
tor-トロトロ・トロリ・トロン・ドロドロ・ドロリ・ドロン。*トロリ・ドロドロにトロケル姿。
t-r音品詞語とその組織原則
ここまでt-r音擬声・擬態語について、音形と意味(事物の姿)とのあいだに「一定の対応関係」があることを見てきました。「擬声・擬態語」というからには、そんなのアタリマエといわれるかもしれません。しかし、「音形」は音声現象、つまり聴覚現象であり、「意味(事物の姿)」の内容は森羅万象、視覚・聴覚・触覚など複雑な感覚をふくみます。「擬声語」の場合は聴覚だけですから比較的単純ですが、「擬態語」の場合は「事物の姿」をいちど「音声化」(聴覚現象に翻訳)するという複雑な作業が必要になります。
名詞・動詞など品詞語の場合は、どんな視点から「事物の姿」をとらえるかによって、どんな「音形」を使うかがちがってきます。そしてそれぞれの音形、たとえばt-r音を語根とする多数の同族語(t-r音語)が生まれることになります。このことは、どの民族言語にも共通する組織原則です。
このことからぎゃくに、日本語の中でt-r音を共有するコトバはすべて同族語でなかろうかと見当をつけることができます。さらには外国語についても、日本語(ヤマトコトバ)と語根を共有するコトバをさぐりだすテガカリとすることもできます。
t-r音の品詞語とその基本義
ここでは、名詞・動詞にかぎってt-r音語をとりあげ、その基本義を考えてみました。
tar-(タ[手]の姿にナル[成]。タル[垂]・デル[出]姿)
名タラ[楤]・タラ[鱈]・タラシ[垂・足・誑]・タリ[垂](体の肉のカタマリ)・タリ[罇]・タル[樽]・タルキ[垂木]・タルヒ[垂氷](ツララ)・タルミ[弛・垂水]・タレ[垂・誰]・ダレ[誰]・タレガシ[誰某]・ダレソレ[誰某]。
動タル[垂]・タル[足]・タラス[垂・足・誑]・ダラツク(ダラダラする)・タリル[足]・タルム[弛]・タレル[垂]・(放屁・放尿・脱糞)・ダレル[垂]。
tir-(チイサク[小]ナル[成]。チル[散]・チギル・チギレル[千切]姿)
名チリ[散‣塵]・チョロ(小伝馬船。快速)・チョロマカス・チラシ[散]。
動チル[散]・チラス[散]・チラカス・チラカル・チラツク・チリバム[鏤]・チロメク(チラツク)。
tur-(ツ[津]の姿にナル[成]。ツル[釣・吊・連]・ツラヌク[貫]姿)
名ツラ[絃・面・列・葛]・ツラミ[辛]・ツララ[氷柱・列]・ツリ[釣]・ツリガネ[釣鐘]・ツル[絃・弦・鶴]・ツルギ[剣]・ツルシ[吊]・ツルハシ[鶴嘴]・ツルバミ[橡](ドングリ)・ツルビ(交尾)・ツルベ[釣瓶]・ツレ[由縁・連]。
動ツル[釣・吊] ・ツラナル[羅列]・ツラヌ[連・列]・ツラヌク[貫]・ツラマル[捉]・ツララク[列]・ツリアフ[釣合]・ツリダス[釣出]・ツルス[吊]・ツルブ[婚]・ツルム[交尾]。・
ter-(テ[手]の姿にナル[成]。デル[出]・テル[照]姿)
名テラ[寺]・テリ[照]・テレカクシ[照隠]・デレスケ(デレデレする男)
動テラス[照]・テラハス[衒]・テラフ[衒]・テル[照]・デル[出]・テレル[照]・
tor-(ト[戸・外・処・砥・十]の姿にナル[成]。トル[取・執・捕・採]・トリトメル[取留]姿)
名トラ[虎]・ドラ[銅鑼]・トリ[鳥・取]・トリコ[虜]・トリテ[把手・取手・捕手]・トリデ[砦]・トリヒキ[取引]・トリマキ[取巻]・トリヰ[鳥居]。
動トラウ[捕]・トラエル[捕]・トラワレル[捕]・トリツク[取付]・トリツグ[取次]・トリマク[取巻]・トル[取・執・捕]。
アマテラス[天照]とテラ[寺]
斎宮忌詞では、テラ[寺]のことを「カワラフキ[瓦葺]」と呼んだそうです(「皇大神宮儀式帳」)。アマテラス大神を祭る宮が斎宮ですから、宇宙を支配する唯一の神アマテラスのほかにテラ・テラスなどの名乗りをゆるすことはできません。そこで、ライバル集団のテラ[寺]のことを、テラではなくカワラブキと呼ぶことにしたのでしょう。むかしの家屋は、草ぶきや板ぶきの屋根がふつうで、テラ(寺院)の屋根だけがカワラブキでした。高い屋根のカワラが太陽や月の光を受けてテリかがやく姿は、まわりの人たちに「アマテラス光(神・仏)」の威光を感じさせるものだったにちがいありません。
アマテラス派がテラ[寺]を忌詞としたということは、「テル・テラス[照]」と「テラ[寺]」が語根ter-を共有する同族語であることを認めたということです。その事実を認めた上で、ter-音語(テル・テラ・テラス)の使用権をアマテラス派で独占(テラ派を排除)しようとしたものでしょう。
テラ[寺]は、もと外来語か?
テラ[寺]については、「パーリ語・朝鮮語などからの外来語」とする説(あらかわ そおべえ『外来語辞典』角川書店)もあるようです。あながち否定する根拠もありません。ただし、そこまでつっこんだ話になると、いわゆるヤマトコトバそのものがすべて外来語だったという結論にもなりかねません。
ヤマトコトバが成立する以前、縄文時代や弥生時代にも日本列島に人が住んでいたことはたしかですが、世界最初の人類が日本列島で発生したとは考えられません。つまり、原始時代から日本列島の住民はすべて、もとはアジア大陸もしくはアフリカ大陸からの移住民であり、その言語(原始日本語)もそれぞれ固有の民族言語をそのまま持ちこんでいました。その意味ではヤマトコトバは、成立当初からたくさんの言語のチャンポン語だったというのが実態でしょう。
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