日漢英のコトダマくらべ(7)
「カード64」より
p-t音語の基本義を考える
前回までp-r音による音象徴、つまりp-r音語の基本義について考えてきました。ひきつづきp-t音の基本義について考えてみたいと思います。まずはp-r音日本語の擬声・擬態語や品詞語を採集して、その基本義をもとめ、あらかじめ設定した共通基本義を補正します。つづいて、p-r音の漢語・英語についても同様の作業をすすめます。こうした作業の結果として、日漢英共通の基本義を設定することができればと考えています。
ここにかかげた画像は、2005年に発表した「カード64」の一部(p-t音)です。イラストは切り絵作家梶川之男さんの作品。文面では「ハタケでハタラク」農民のはずが、画面では「道路工事でハタラク」労働者になっています。
「ハタケでバタバタ地面をハツル。一日中ハタラキつづけて、ヘトヘト。あげくのハテ、ヘタバル。パッタリたおれる」「農作業でも道路工事でも、地面をハツル・ブツ[打]姿はおなじ」というイズミ流のヘリクツで、この文面とイラストをコンビで採用することにした経過があります。「カード64」制作当時の舞台裏を証言する、思い出の1枚です。
「広辞苑」などをたよりに、p-r音の擬声語・擬態語をひろってみました。予想以上にたくさんありました。擬声語と擬態語の判定基準などについて、あまり自信がもてないものもありますが、ひとまず擬声語//擬態語の順に記します。
pat-:ハタハタ・バタバタ・パタパタ・バタリ・パタリ・ハチハチ・パチパチ・バチャバチャ・パチン・ハッ。// バッタリ・バタン・パタン・バッチリ・パッチリ。
pit-:ピチャピチャ・ピチャリ// ヒタヒタ・ビチビチ・ピチピチ・ピッタリ。
put-:フツ(プッツリ)・フッツリ・プッツリ// フツフツ・ブツブツ・プツプツ。
pet-:ペタペタ・ペチャン// ヘタヘタ・ベタベタ・ペタペタ・ベタリ・ペタリ・ペタン・ベチャベチャ・ベチャクチャ・ペチャクチャ・ベッタリ・ペッタリ・ヘトヘト・ベトベト・ヘドモド。
pot-:ホタホタ・ポタリ・ポチャリ・ホッタリ。ポッタリ・ホト・ホトホト・ポトポト・ポトリ// ボタボタ・ポタポタ・ポチ・ボチボチ・ポチポチ・ボチャボチャ・ポチャポチャ・ポッチリ・ポッテリ・ボットリ(マルボチャ美人)・ホツホツ・ボツボツ・ポツポツ・ボツリ・ポツリ・ポツン。ボトボト。
p-t音品詞語との関係
p-t音擬声語はそのまま擬態語としても用いられるのが普通ですが、そのまわりに(擬声・擬音の働きをしない)p-t音擬態語がたくさんあります。さらにそのまわりに、それらp-t音擬声・擬態語と家族関係にあると推定されるp-t音品詞語(名詞・動詞・副詞など)がゾロゾロならんでいます。
このような実態をどうとらえればよいか?いろいろ議論が分かれるかと思いますが、わたしは「擬声・擬態語とよばれるp-t音が語根となり、そこから各種のp-t音品詞語が派生した」と考えています。ふつうの国語辞典では、こうした単語の家族関係についての解説が不十分で、擬声・擬態語や品詞語の区分なども明確に示されていないようです。そこでイズミの「独断と偏見」による仮説にしたがい、p-t音語根と派生語との関係として整理してみました。語根//基本義//派生語の順で記します。
pat-:(バタバタ・パタパタ、ハツル・ブツ・ウツ・アテル姿)
名ハタ[畑・畠]・[旗]・[端・傍]・[袖]・[機]・[鰭]・[二十]。ハダ[肌・膚]。ハダカ[裸]。ハダラ[斑]。ハダレ[斑]。ハチ[鉢]・[蜂]。ハヂ[恥・恥辱]。ハチス[蜂巣]・[蓮・荷]。ハツ[初]。ハッタリ(なぐること。おどすこと)。ハト[鳩]。ハトリ[織。服部]。
動ハツ[泊]・[果]。ハヅ[恥・愧・羞]。ハタス[果]。ハタル[徴]。ハツル[剥]。
形ハヅカシ[恥]。副ハタ[当・将]。ハタシテ[果・終]。ハツハツ[端端](わずか)。
pit-:(ピタリ、ヒッツク、ヒタス、ヒトツになる姿)
名ヒタ[直・頓]。ヒダリ[左]。ヒヂ[肘]。ヒツ[櫃]。ヒツキ[棺](ヒトキとも)。ヒツギ[日嗣]。ヒデリ[日照。旱]。ヒト[人]・[一]。ヒトヤ[獄]。ヒトリ[一人・独]。動ヒダク[挫]。ヒタス[漬]。ヒツ[漬・湿]。ヒヅ[漬・沾](ビチョビチョ、ぬれる)。ヒヅ[秀]。ヒデル[日照。旱]。
形ヒトシ[等](均一)。副ヒタスラ[永・専]。
put-:(フツフツ・ブツブツ、ブツカル、ブツケル姿)
名フタ[二・両]・[蓋]。フダ[札・帳]。フタツ。フタリ。フチ[淵・縁・斑]。フヂ[藤・蔦]。フツカ[二日]。フツクロ[懐]。フデ[筆]。フト[太]・フトコロ。動フタガル。フタグ[塞](フタをする。ふさぐ)。ブツカル・ブツケル・ブッタクル・ブッツカル。フテル[不貞・棄]。フトル[太]。
形フトシ[太]。
副フタタビ。フツクニ。フット。フツニ。フッツリ。ブッツリ。プッツリ。フツリ。プツリ。フト。
pet-:(ヘタヘタ・べタベタ、ベタツク姿)
名ヘタ[辺・端]・[下手]。ベタ(一面)。ヘダテ。ヘダタリ。ヘチマ。ヘチムクレ。ヘツイ[竈・竈津火]。
動ヘダツ。ヘダタル。ベタツク。ヘタバル・ヘツク[辺附]。ヘツラフ[諂]。
pot-:(ボツボツ・ポツリ、滴がオチル姿。また、ホ[穂]がタツ[立]・タル[垂]姿)名ホタ[穂田]。ホタギ[榾]。ホタチ[穂立]。ホダリ(酒器)。ホタル[蛍](ホ[火]タル[垂])。ポチ[点]。ボッチ。ホテ(腹)。ホデ(腕)。ホデリ[火照]。ホト[程]・[陰]。ホド[程]。ホトギ[缶]。ホトケ[佛]。ホトボリ[熱]。ホトリ[辺]。ホドロ[斑](ハダラ)。
動ホダス[絆]。ホダテル[撹]。ホツル[解]。ホテル[熱・火照]。ホドク[解]。ホドコス[播・施]。ホドコル[流・延](はびこる)。ホトバシル(とびちる)。ホトボル[熱]。
形ホトホトシ[殆]。
副ホタホタ。ボタボタ。ポタポタ。ホッタリ。ポッタリ。ポッチリ。ボッツリ。ポッツリ。ボッテリ。ボットリ。ボツリ。ポツリ。ホトホト[殆]。ホドホド[程程]。ホトンド。
作業手順としては、はじめにp-t音語についてpat-, pit-, put-などの5ワクを設定し、それぞれに基本義を設定しておきました。そのあとの作業は、採集されたp-t音語をワクに合わせて分類しただけです。
さて、できあがった分類表をもういちど読みなおし、一つ一つのコトバと共通基本義との関係を見なおし、ナルホドと感心したり、ハテナと考えこんだりしています。
pat-の項で、同音のハタに[畑・畠]・[旗]・[端・傍]・[袖]・[機]・[鰭]など、たくさんの漢字が当てられています。コトバの意味を考えてみれば、[畑]・[旗]・[端]・[機]は相互に何の関係もない別語のはずです。それがどうして同音のハタと呼ばれたのか?偶然の一致なのか?それとも、何らかの原則や基準にてらして同一グループと判断されたのか?そんな疑問がわいてきます。
さんざん考えぬいたあげく、原点にもどって考えなおすことにしました。原始人もしくは赤ん坊がはじめてコトバをおぼえたり、作りだしたりする場面での発想法です。
バタバタ・パタパタ、ブチアテルところがハタ[畑・畠]・[端・傍]。ハタメクものがハタ[旗] ・[鰭]。バタバタ音を立てながら、タテ糸にヨコ糸をブチアテル織機がハタ[機]。
原始的で単純な発想法ですが、これではじめてp-t音語の正体が見えてきた感じです。
もちろんまだ、p-t音語の基本義についてすべての疑問点がなくなったわけではありません。それでも、たくさんのハテナがナルホドに変わってきたことは事実です。
ハツ[二十]の基本義なども、まだハテナの部類ですが、これはハツカ[二十日]・ハタチ[二十歳]などと同系でしょうから、ヒト[人・一]・フタ[蓋・二]・ヒトツ[一]・フタツ[二]などとあわせて共通基本義をさぐることができるでしょう。
ハチ[鉢]というコトバは上代語辞典にのっていますから、ヤマトコトバと見てよいでしょう。ところがその辞典には「梵語Patra鉢多羅の下略、僧が施しを受けるのに用いる器。もとはインドの食器」と解説されています。梵語といえばサンスクリット、つまりインド・ヨーロッパ語の一派です。このことは、ヤマトコ+トバの中にインド・ヨーロッパ語のカケラがまぎれこんでいたことを意味します。
ハチ[鉢]だけではありません。ホトケ[仏]やタフ[塔](ソトバ[卒塔婆]の略)なども、もとはそれぞれ梵語Buddha、stupaからの外来語だったことが分かっています。
話がここまでくると、これまでの「ヤマトコトバは純粋種の言語」という常識が、実は「万世一系の大日本帝国は不滅」、「原子力発電所は安全」などとおなじレベルの神話だったのではないかということになります。
わたしは、そのとおりだと思っています。純粋種の言語は生命力がとぼしい。漢語(中国語)や英語などは雑種ですが、それだけたくましい生命力をもっています。日本語も、ヤマトコトバと呼ばれた時代から、すでに漢語や梵語などの外来語を取りこみはじめていたと考えられます。つぎつぎ外来語を取りこむことで、日本語の中身がゆたかになりました。その結果として、いまは世界水準の科学技術を日本語で学習したり、ノーベル賞クラスの文学作品を日本語で書いたりできるようになったわけです。
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