2012年3月27日火曜日

日本語と英語のp-r音比較(つづき)

日漢英のコトダマくらべ(6)

「擬音語・擬態語・音象徴」(大森良子)




「擬音語・擬態語・音象徴」
これまで「擬声語」「擬態語」などと呼んできましたが、ほかにも「擬音語」や「オノマトペ」などの用語があります。これらの用語の定義や用法については、まだ十分議論が尽くされ、整理できているとはいえないように思われます。

そんな中で、英語学の分野などで「音象徴」理論が取りあげられたことに注目し、このブログで紹介したことがあります(2012.1.31.ブログ「k-t音擬声・擬態語と音象徴」参照)。「プログレッシブ英語逆引き辞典(小学館1999」所収、大森良子執筆「擬音語・擬態語・音象徴」の項です。

pr-音英語の音象徴
音象徴(sound symbolism)」について、大森さんは「語中の子音や母音が単独で、あるいはそれらの組み合わせで、意味を帯びた要素になる現象を音象徴という」と規定しています。また「音象徴のある語を、象徴語symbolic word)というが、擬音語・擬態語もそのなかに含めてよい。」そして、「音象徴が最もよく表れている」子音群consonant cluster)を例示しています。
fl-「揺れ;流れ;飛行」…flap はためく、flashひらめく、flow流れる、fly飛ぶ。
gl-「光;輝き;視角」…glareぎらぎら光る、glimmerちらちら光る、glory栄光。
st-「直立;安定;堅固」…stand立つ、state状態、stop休止、stable安定した。  
その他、bl-b-l「膨らみ、膨張」、cr-「きしみ;粉砕」、kn-「こぶ、塊」、sn-「鼻」など。 
ここにあげられた子音群のうちfl-,  bl-b-lは、わたしのいうp-r音(語)に当たります。

fl-の基本義について、大森さんが「揺れ;流れ;飛行」と解釈するのにたいして、わたしは「ヒラヒラ・フラフラ振る、振れる姿」のように、なるべくp-rのコトバで解釈するようにしています。同一のもの(fl-の基本義)の解釈に微妙なブレが生じるのは、それを見る角度が微妙にブレているからでしょう。わたしの場合は、pl-, pr-, bl-, br-, fl-, fr-、あるいはp-l, p-rなどをすべてふくめてp-r音(語)と呼んでいます。「小異」を認めながら、「大同」を見失わないようにしたいという立場です。
fl-を使わずにfl-音の基本義を表現しようとすれば、「揺れyure;流れnagare;飛行hikou」という複雑な語音構造になり、異質なものの寄せ集めのような感じがします。ぎゃくにfl-を使えば、それら(yurenagarehikou)はすべてfl-フル[振]、フレル)という単一の姿に見えてくるというわけです。

「飛行」の「飛」は、もとp-r音の漢語
大森さんは、fl-の基本義として「飛行」をあげていますが、このヒ[飛]piuer>feiはもともとp-rの漢語です。「学研・漢和大字典」(小学館)は、「[]・ハイ[]と同系のことばで、羽を左右にヒラ[]いてとぶこと。ヒ蜚(アブラムシ・ゴキブリ)と同じ」と解説しています。
なお、さきほどヒコウ[飛行]hikouとローマ字表記しましたが、これにはひとこと説明が必要かもしれません。漢語ヒ[飛]が日本へ伝来した当時、日本語のハ行子音h-ではなく、p-グループ(p, b, fなど。上下のクチビルを合わせて発声する音)だったと推定されています。そのハ行子音が現代音ではp-からh-に変化してしまい、だけがfuのまま残っている状態です。

そういった音韻変化の歴史から、ハ行音のローマ字表記を「ha, hi, hu, he, hu」でなく、「fa, fi, fu, fe, fo」とすべきだと主張する人もいます。ぎゃくに、「せっかく現代カナヅカイにあらためたものを、またぞろ歴史カナヅカイにもどそうとするたぐいだ」と反対する人もいます。

ヒ[飛]の漢語音がpiuer>feiだということから、思いがけないところで、「p-r音語が日漢英にわたってヒラヒラ飛びまわり、ヒルがえり、ヒロがっている」実態を見せつけられた感じがします。

ヒラメクとハタメク
ここから、すこしばかりキメコマカイ話になりますが、おつきあいください。
さきほどfl-のところで「flap はためく、flashひらめく」と紹介しました。おなじfl-なのに、日本語訳ではどうしてハタメクヒラメクに分かれるのでしょうか?
flapflagハタ[]を連想させる語音だから、ハタメクと訳す」、「flashflatヒラ[]を連想させる語音だから、ヒラメクと訳す」と解説することもできそうです。ただ、その場合は、ハタp-t音型)とヒラp-r音型)の基本義がどこまで共通で、どこで分かれるかという問題が出てきそうです。
この場でp-t音語について、あまり立ちいった議論をすることはできませんが、ハタの語音からすぐにハタハタ・バタバタ・パタパタ・バタリ・パタリ・パタンなどの擬声語が連想されます。それらは、手や足や道具をフリまわしてウツ・ブツ[打]時の音であり、姿です。そう考えれば、ハタ[旗]は風にハタカレパタパタ音を出すもの。ハタ[畑]は、スキやクワをフルってバッタ・バッタブチこむところ。ハタ[機]は、タテ糸をならべたところにバタバタとヨコ糸をブチこむ装置です。
さらにいえば英語でも、ゴルフのパットputt やパターputter、野球のバットbatバッターbatterなど、やっぱりバタバタ・パタパタウツ・ブツ姿だと解釈できそうです。

次回の予定
p-r音語の話をしているうちに、ついついp-t音語の話になってしまいました。せっかくですから、次回からしばらくp-t音語をとりあげ、あらためて日漢英の語音比較をしてみたいと思います。

2012年3月13日火曜日

日本語と英語のp-r音比較


日漢英のコトダマくらべ(5)

「アメリカの遺産・英語辞典」(AHD
 



「インド・ヨーロッパ語の語根」(部分


ゴミ箱をカラにしました
このところ、1週間交代で2本のブログを公開するようにしています。ブログ原稿の下書きは、ワードでつくります。
36日、ブログ「いたち川散歩…雪ごもり日誌」を公開したあと、すぐにブログ「コトダマの世界…日英p-r音語の比較」の原稿づくりをはじめ、8日午前中までかかって7~8分できあがっていました。その原稿を、うっかりミスで消してしまいました。午後になってワードを立ちあげたとき、ドキュメントの一覧表に異常な2項目を発見、ゴミと見なしてゴミ箱にいれ、さらにゴミ箱をカラにしました。そこで「コトダマの世界」を呼び出そうとしたら、どれだけ探しても見つかりません。ニセモノ・ゴミだと思いこんで、ホンモノを捨ててしまったことに気づきましたが、あとの祭り。ショックでした。
3月9日。気をとりなおして、p-r英語の資料メモから原稿づくりをやりなおします。公開予定の13日まで間に合うよう、ガンバリます。
p-r音の英語
前回の「日本語と漢語のp-r音比較」につづいて、今回は「日本語と英語のp-r音比較」です。8日までの計画では、まずp-r音の英語擬声・擬態語からはじめ、そのあと一般のp-r音品詞語を取りあげることにしていましたが、時間がありません。やはり前回の要領にならって、p-r音の品詞語からはじめることにします。
p-r音英語の語根と派生語の関係
漢語音の場合もそうでしたが、ここでp-rとよぶのはp(b, f)-r(l)が連続する語音のことです。中間に母音があってもなくてもかまいません。k-t音、p-r音など、こうした語音構造の単語を採集するにはどうすればよいか? わたしはいつも、AHD(アメリカの遺産・英語辞典)フロク「インド・ヨーロッパ語根と派生語(一覧表)」を利用することにしています。1993年にVictor H. Mair教授(当時交換教授として京都大学に在任)から助言をいただいて以来、ずっとそうしています(ブログ「七ころび、八おき…富山外専のころ②」参照)。
この一覧表をざっと見たところ、p-r音関連の語根(および派生語)が40項ほどありました。その一部をつぎにご紹介することにします(教育・文芸とやま」第10所収「ハル・ヤブル・BREAKSPRING」を参照)。日本語の訳文などはイズミの責任です。くわしくは直接AHD(1993年版以降)でおたしかめください。
bhel-2 (to blow, swellハル[張・脹]姿) bowlどんぶり鉢, ballボール, balloon風船, phallus男根像.
bhel-3 (to bloomハリダス・ヒラク姿) bloom, blossom開花, flowerハリダスもの・花.
bhreg- (to breakハル・ワル・ヤブル姿) breakヤブル, breach約束をヤブル, fraction破片, fragment破片.
pele-1 (to fillハル・ヒル・フル姿) fill満たす, full満ちた, complete完全な, supplyクバル.
pele-2 (flatヒラたくヒロがる姿) field野原, floorタヒラな床, plainタヒラな, plane平面.
per-1 (forward, through前へハリダス姿) farハルカニ遠く, paramountハルカニ高い, for~に向かって, from~から(ハリダス).
per-2 (to lead, pass overハリダス・ハリコム姿) ford浅瀬, porch玄関, port, import輸入する.
per-4 (to strikeハリを打つ姿) press押す・ハリつける, print印刷する, imprint判を押す.
pere-1 (to produceハリダス・ヤブル姿) paradeハレがましい行列, apparelハレの衣装, emperor国土をヒロげる皇帝, parasol日光をハラウ・バラス・ヘラス傘, separateバラバラに分ける.
plat- (to spreadヒラたくヒロがる姿) plat小地面, plan設計図, plant種をバラまく, place空間, plaza広場, flat平ぺったい.
pleu- (to flowアフレ出る姿) flow流れる, flood洪水, fly飛ぶ, flight飛行, floatただよう.
pol- (to touch手でフル・フレル・サハル姿) feelさわってみる, palpableさわれば分かる, catapultパチンコ(フリ飛ばすもの).
だいたいこんなところです。日本語訳は、できるだけp-rのヤマトコトバをあててみました。「偏見にもとづく独断」とおしかりを受けるかもしれませんが、ヤマトコトバと英語・漢語などとの音韻感覚を比較するには、これはよい方法だと信じています。
日英p-r音の基本義は共通(?)
ここまで見てきたところでは、英語p-r音語根の基本義と日本語p-r音語根の基本義とのあいだにかなりの共通点が見られます。日本語の語根と派生語との関係が明確にされていない現状ではまだ断定できませんが、このあと日本語や漢語の単語家族研究がすすむにつれて、やがて日本語・漢語・英語3言語にわたる共通語根の存在が論議される時期が来ると考えています。
p-r型英語の擬声・擬態語
ここで、あらためてp-r型英語の擬声・擬態語と品詞語との関係をさぐってみます。まず、辞典やネットで擬声・擬態語をさがします。
babble水の流れる音。
blabberベラベラ、おしゃべり。
blinkヒラヒラ・チラチラ、まばたき。
bubbleブクブク、泡立つ音。
flapピシャリたたく音。
flashヒラヒラ・フラフラする姿。ヒラメキ。
flickピリッ・ピシッという音。
flop ポロッ・ドサッと落ちる音。
flutter ハラハラ・ヒラヒラ・バタバタ。羽ばたき。フラツキ。  
plash ピシャ・パシャ・ザブザブ。水のはねる音。
plop ポロッ・ポチャン・ドサッと落ちる音。 
prickle ヒリヒリ・ピリピリ・プリプリ、ハリを刺すように痛む姿。
purr プルプル・ゴロゴロ、ネコがのどを鳴らす音。
splash (=plash) ピシャ・パシャ・ザブザブ。水のはねる音。
ごらんのとおりです。日本語の擬声・擬態語にくらべれば、かなりすくない感じですが、漢語にくらべれば、むしろおおい感じもします。
ただし、ここでは擬声語と擬態語の区別なしにあげてあります。このうち、日本語で「~の音」と訳せるものだけが擬声語で、そのほかは擬態語と考えてよいかもしれません。しかし、考えれば考えるほど、擬声語と擬態語を区別する基準は微妙です。
擬態語は擬声語から生まれた(?)
単純に考えれば、自然の音をマネしたコトバが擬声語で、モノゴトの姿をマネしたコトバが擬態語ということになります。擬声語は自然音を人間の音声でマネするわけですから、まあ分かりやすいのですが、問題は擬態語です。擬態語はコトバですから、その実態は音声現象であり、聴覚がとらえる現象です。ところが「モノゴトの姿」といえば、音だけでなく、ヒカリ・チカラ・アジ・ニオイなど、さまざまな現象があります。人が感知できる感覚としては、聴覚のほかに視角・触覚・味覚・嗅覚などがあります。
擬声語が成立するということは、それら種類のちがう感覚を聴覚に転換できる機能が人の大脳にあるからだと考えるほかありません。
そういえば、聴覚とはキク・キコエルこと。音波が耳の鼓膜をキックkickすると、その衝撃がよくキク[]・キコエルわけです。その意味で、聴覚も触覚の一種といえます。
「擬態語は擬声語から生まれた」と考えてよいかもしれません。
品詞語は擬声・擬態語から生まれた(?)
ここまで考えてくると、一般の品詞語のなかにも、もとは擬声・擬態語と考えた方が分かりやすいコトバがたくさんあります。たとえば;
prickle(ヒリヒリ、ハリを刺すような痛み)は擬態語とされているようですが、名詞・動詞としても通用しています。このpr-音はprick(とげ), pride(ほこり), proud(ほこらしい), pretty(きれい)などのpr-音と共通の基本義をもっていると思われます。
flap(擬声語), flash(擬態語), flag(), flame(ほのお)などのfl-も、「ヒラヒラ、ヒラメク」姿を表わしている点で、日本語のpr-音と共通の音韻感覚をもっているといえるでしょう。さらにいえば、はじめにかかげた「p-r音英語の語根」というのも、実質的にいって擬声・擬態語近いものと考えられます。このことから、「品詞語は擬声・擬態語から生まれた」と考えることもできます。この問題については、あらためて取りあげることにしましょう。
pr-音による音象徴」などの議論も取りあげたかったのですが、またしても先送りさせていただきます。かさねがさね、申しわけありません。