『古事記』解釈の キーワード⑰
『古事記』を 読む 会が
2年目に
「『古事記』を 読む 会」の 作業が かなり はかどって、この 4月 から いよいよ 下巻を 読む だんどりに なりました。ふりかえって
みると、かなりの
強行軍で、「これで、『古事記』を
どれだけ
理解したと
いえる
だろう
か」と
反省する
思いも
ありますが、それは
それとして「よく
まあ
ここ
まで
たどりつけた
な」とも
感じて
います。
わたしの ばあい、まずは『古事記』に 出てくる 神名・人名・地名 などが フシギの 連続です。「ナゼ
こんな
ナマエが
つけられた
のか」「この
ナマエに
どんな
メッセージが
こめられて
いる
のか」と、ずっと
考えつづけて
きました。このさき、下巻に
はいってからは、どんな
地名・人名
などが
出てくる
ので
しょうか?
オホサザキ から カシギヤヒメ
まで
下巻と いえば、16 仁徳天皇 から33 推古天皇 までの 記録と いう ことに なりますが、「仁徳」や「推古」は 死後に おくられた 漢語ふうの 呼び名で あり、生存当時 実際の呼び名は「オホサザキ[大雀]命」や「トヨミケカシギヤヒメ[豊御食炊屋比売]命」でした。わたしは、この サザキ・カシギと
いう
語音に
注目します。ともに
s-k音を もつ コトバです。
サザキは 漢字で [鷦鷯・雀]と 書かれ、「もともと ミソサザイの こと だが、小さな 鳥 という こと から [雀]とも 書く ように なった」と 解されて います。こうした用字法については、漢語の スザク・シュジャク[朱雀](玄武・青竜・白虎と
共に、四神の一)や
シャク[爵]との 関係も 考えられ ます。これら 漢語s-k音 との 関係に ついては、あとで あらためて とりあげる 予定です。
歴代天皇系図で スクネの 系譜を たどって みた ところ、タケウチノスクネ[建内宿禰]は8孝元の 子孫と いう だけで、くわしい ことは 分かり ません。ただ、仁徳天皇の 父が 応神天皇で、その
母が
神功皇后(=オキナガタラシヒメ[息長帯比売]命)。その
父が
オキナガスクネ[息長宿禰]と されて います。また、仁徳の子、19允恭(ヲアサヅマワクゴノスクネ[男浅津間若子宿禰]命)が
スクネの ナノリを もって います。
サカに ついては、いろいろな
ナノリが
見られます。まず、仁徳の
子
オホクサカ[大日下]王と ワカクサカベ[若日下部]王が います。また、允恭の
皇后
オサカノオホナカツヒメ[忍坂之大中津比売]命 および 子、サカヒノクロヒコ[境黒日子]王が います。さらに いえば、30 敏達(ヌナクラフトタマシキ[沼名倉太玉敷]命)の子、オサカノヒコヒトノミコノミコト[忍坂日子人太子]が います。とりわけ
オホクサカ[大日下]王は、仁徳(オホサザキ[大雀]命]の子 として、異母兄弟の
允恭や
その
子、雄略(オホハツセ[大長谷]命)と 日本国王の 地位を あらそった 大王です。この クサカと いう ナノリは、ク[日]+サカ[下]の
構造で、やがて
ヒノシタ・ヒノモト[日本]に 通じる 誇り 高い ナノリ でした。大日下王の 名声を 無視 でき なかった 雄略は、「大日下王を
殺して、その
ムカヒメ[嫡妻]、長田
大郎女を
取り持ち
来て、皇后と
し
たまひき」(安康天皇の
記事)と
されて
います。クサカに
ついては、『古事記』は [日下]と 表記し、『日本書紀』は [草香]と 表記して いますが、『記』の
編者
太 安万侶は その 序文の 中で わざわざ クサカ[日下] ・タラシ[帯]の 例を あげた うえで、「かくの
ごとき
類は、本の まにまに 改めず」と して います。この あたりに『古事記』編纂者たちの 歴史観や
言語観を よみとる ことが できます。
サザキ[雀]の ナノリを もつ 天皇と しては、仁徳(オホサザキ[大雀])の ほか、25 武烈(ヲハツセワカサザキ[小長谷若雀]命)や 32 崇峻(ハツセベワカサザキ[長谷部若雀]命)が います。
33 推古(トヨミケカシギヤヒメ[豊御食炊屋比売]命ミコト)の カシギの ばあいは、すこし複雑な
話に
なります。この
カシギは
動詞
カシク[炊] (飯を タク。コシキで 蒸す)の 連用形 兼 名詞形と 解釈 できますが、そう なると、s-k音語と よぶ よりも k-s-k音語とよぶ べき かも しれません。カシクを「カシ+ク」と
見るか、「カ+シク」と
見るか、という
問題とも
からんで
きます。さらには、「カシ+シクの約」という
可能性も
あります。
たしかに ややこしい 話 ですが、あらゆる 可能性を チェック する ことに よって、はじめて 客観的・合理的な
議論が
できる
のだと
思います。
もっと わかりやすい 話を つけくわえて おきましょう。29 欽明天皇の 皇居所在地が シキシマ[師木島]。そこで 生まれた子に 30 敏達(ヌナクラフトタマシキ[沼名倉太玉敷]命)、ソガノクラ[宗賀倉]王が います。そして33 推古(トヨミケカシギヤヒメ[豊御食炊屋比売]命)の 祖父が ソガ[宗賀]の イナメノスクネ[稲目宿禰] 大臣と なって います。なお、ソガの
漢字表記法は [宗賀]の ほか、[蘇我・蘇賀] などと 書かれる ことが あります。ソガノウマコ[蘇我馬子]・ソガノイシカハノスクネ[蘇賀石川宿禰] など。
アスカは [飛鳥] か、[明日香] か?
アスカと いう 地名も フシギな 地名です。アスカには チカツアスカ[近飛鳥](河内)と トホツアスカ[遠飛鳥](大和)と 2ヶ所 あります。18 反正(水歯別命)の 皇居 からの 遠近に よって 名づけたと されて います。それは それで よろしい のですが、そもそも アスカとは どんな 意味の コトバ なの でしょうか?記・17履中の くだりで、「今日は ここに 留まりて…アス[明日] 上り いで まさむ…」など、アスカ[明日香]の 語源解説 めいた記事も あります。また、「朱い鳥 発見に よる
改元と
関係が
ある」とする
説も
あります。さらには
アスカを「安住の 地」を
意味する
外来語(アンシュク[安宿]に 近い語音)と 解する
説も
あります。
ヤマトコトバは
単純種では
なく、世界各地
から
もちこまれた
言語材料を
とりまとめた
チャンポン語
です。したがって、ひとくちに
ヤマトコトバの 音韻感覚と
いっても、じっさいは
かなり
複雑な 構成に
なって
います。おなじ
一つの
事物に
ついて、視点の
ちがい
などに
よって、まったく
ちがった
語音で
表現される
ことも
あります。ぎゃくに
いえば、ヤマトコトバの 音韻感覚を
完全に
マスター
できて
いれば、外国語の 語音に
ついても
(ある程度)
応用できる はずだ
という
こと
にも
なります。
では、アスカの 語音構造に ついて、あらためて
考えて
みましょう。「ア+スカ」、「アス+カ」、「アス+スカの 約」などの 語音構造が 考え られます。
国語辞典で アの 項を 見ると、「ア[嗚呼] ああ。感動詞」、「ア[畔] アゼの 古形か」、「ア[足] 独立して 用いられた 例は 少ない」。「ア[網] アミ。単独で 用いられた 例は なく、すべて 複合語を 構成する」、「ア[我・吾] アレ・ワ・ワレと 同類の 一人称」と なっています。この 解説 から 見ても、これらの
ア音は、もともと
ヤ(ya)音・ワ(wa)音として 発声されて いた ものが、やがて 頭子音 y-, w-が 脱落して 母音 ア だけが のこった ものかと 考え られます。
ヤマトコトバの アシには、[足・葦・悪] などが あります。漢字の 字形を 見て いる だけ では、これら3語 (事物)が どうして 同音の アシと なった のか、見当が つきません。アシが
もと
ヤシだったと
いわれると、「そうか、ナルホド」と 分かって きます。アシ[足]と アシ[葦]は、ともに ヤ[矢]」の 姿を もち、その 機能も よく にて います。
ついでに、アシ[葦]と ヨシ[吉]と アシ[悪]の 関係に ついて 考えて おきましょう。アシ[葦]は ヨシとも 呼ばれる イネ科の 多年生草本で、若芽は 食用、茎は スダレや 燃料となる など、古代人の 生活に 役立つ 点で「ヨシ[吉・好・宜]」と 評価される 存在 でした。ただし、イネ農耕との カネアイ(アシ[葦]の 繁殖力が イネ栽培を さまたげる など)も あり、ぎゃくに「アシ[悪]」と 評価される 場面も 出てきた ことが 考え られます。
ア=ヤ[矢]と 考えれば、アサ・アス・アセ
などに
ついても、動詞
アスを
中心に
生まれた
派生語
(単語家族)と 解釈できる ことに なります。国語辞典(時代別 国語大辞典、上代編、三省堂) には
アス 動四。未詳。浅シと関係ある語か。
アス[浅] 動下二。浅くなる。<考>アサ(浅)―アスはフカ(深)―フクの関係に似ている。
と 解説して います。イズミは、ともに「ヤ[矢]の 姿の 洲」を 原義と する 動詞(自・他)と 解釈します。水の
流れや
波が
地面や
岸辺に
ツキサス・スレアウ
姿が
動詞
アスで、その
名詞形が
アサ[浅・朝・麻]や アセ[汗]と いう ことに なります。ア=ヤ[矢]と 考えれば、アサ[朝]は たしかに 日の ヒカリが 矢の ように サシコム 時間帯。アサ[麻]は、矢の ように まっすぐ 天空を ツキサス 姿の 植物。アセ[汗]は、体から 矢の ように フキデル 液体 です。
あわせて、ヤス 関連語の 解説も 見て おき ましょう。
ヤス[安] 形状言。安らかなさま。形容詞ヤスシの語幹。
ヤス[痩] 動下二。コユ[肥]の対。痩せる。身体が細る。
ヤスシ[安・易] 形ク。①安らかである。②容易である。
ヤスム[息] 動四。心安らかにいこう。休息する。ヤスシと同根。自動詞。
ヤスム[安] 動下二。心や身体を休息させる。他動詞。
ヤスミシシ 枕詞。ワガオホキミ[我大君]にかかる。八隅を知ろしめす天皇の意でかけたか。<考>…もとの意味は確かでない。
イズミの 解釈は、すこし だけ (?) ニュアンスが ちがいます。ヤス・ヤスシ・ヤスム・ヤスミ すべてに ついて、「矢が スム・スミツク 姿」と いう 点で 同族語と とらえて います。とりわけ、ヤスミシシを [八隅知之]と 解説する ように なった のは ずっと あとの ことで、もとの 意味は ヤ[矢]スミ[住]シシ[肉・鹿・猪]。もっと 分かり やすく いえば、シカ・イノシシ などの 威風堂々たる 姿(=ツノ・キバ
などの
矢が
スミついて
いる
姿)です。ついでに
いえば、オホキミ[大君]の キミも、もとは キミ[黍](=キビ)の姿 からの 連想で 生まれた コトバと 考え られます。
次回への 宿題
s-k音の 意味を おいかけて いる うちに、かなり 脱線して しまいました。脱線 ついでに サザキ[雀]と 漢語の シャク[爵]との 関係や、アスカと 英語のask, askerなどとの 関係も たずねて みたい との 思いも あります。次回への 宿題に させて ください。
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