2014年5月11日日曜日

デーンと ツキデル トノ・デン[殿]


t-n音の 漢語③…

 
 

「漢字物語」133イラスト
 
 
デン[殿]の解字(『学研・漢和大字典』) 
 
 
 
 


「漢字物語79、団の字編」
t-n1音の漢字は いろいろ たくさん ある ので、簡単には まとめきれ ません。これまでトン[]・スン[] の字形を ふくむ 漢字を 中心に とりあげて まいりました。今回も まず「スン[] 字形を ふくむ 漢字」として、ダン[]グループを とりあげます。

漢字物語79、団の字編」(解説、小山鉄郎さん。イラスト、はまむら ゆうさん。北日本新聞連載)の イラスト部分を 画像として 引用させて いただきました。団の字 グループの 漢字[ 団・轉・傳・專] ついて、小山さんは 要約 つぎのように 解説して います。

漢字ダン[]・テン[]・デン[] 旧字形 [團・轉・傳]には、すべて セン[](専の旧字形) 字形が 含まれて いる。[] [] [] 形。その上部は「袋の中に 物を 入れた 形」(イラストの 古代文字を 参照)。
つまり、[]は「袋の中に 入れた 物を 手で うって まるい かたちに した もの」。ひたすら、うち固める ので、やがて「もっぱら」の 意味と なる。[]は、物が 入った 袋を人が 背負って 行く 姿。やがて「はこぶ」「つたえる」の 意味に。袋に 入れ、手で うち固めて 丸く した ものを、さらに 外から 包んだ 形が [][]は「まるめた もの」なので、回り やすく、また コロビ[転]やすい。

 

ツンツン、ツキデル・ノビデル姿。
小山さんは 漢字の 字形 から「寸・団・轉・傳」などの 意味のツナガリを 追求して います。ここで、しばらく 字形を はなれ、t-n音という 音形 中心に 意味の ツナガリを考えて みま しょう。

まず、この グループの 漢字の 語音を たしかめて みると、こう なります(日本漢字音・上古音・現代音の順)。

スンts’uncun//  ダンduantuan//    テンtiuanzhuan//   

デンdiuanchuan, zhuan//    センtiuanzhuan//

ごらんの とおり、もともと t-n音と しての ツナガリを もつ コトバ ばかり です。

[寸]の 日本漢字音は スン ですが、漢語音は 上古音 から 現代音 まで 一貫して ツン。ツンツン、ツキデル もの=ツノ[角]の 姿です。いっぱんに「手の指の形」と 解説されて いますが、もともと「手の指」は「手の さきに ツキデル もの=ツノ[角]」の姿。

5本の 指は それぞれが 1本の ツノ ですが、5 そろええれば、さらには 両手で10本そろえれば、サラ・ザル・タルの 役割 はたします。その「ソロエル・集中する」姿がセン[專] あり、5本・10本の 指で にぎられた ものの 姿が ダン[](ダンゴ)という ことに なります。

テン[] デン[]は、字形も 音形も よく にて います。それだけ、意味の 面でも ツナガリを もって います。テン[]は、クルマ[](車輪)が クルクル・コロコロ・コロガル姿。デン[]は、「ツナで ツナガル」、「ツタ[]が壁をツタウ[]」ように、「コトバが から 耳へ ツナガル・ツタワル」姿 です。

 

デーンと ツキデル トノ[殿]=デン[殿]
t-n 日本語と t-n 漢語が 対応関係に ある 例と して、トノ[殿]と デン[殿]について 考えて みましょう。日本語の トノ[殿]は、もと「貴人の 住む 御殿」の ことで、やがて「貴人・主君を さす 敬称」と なった もの。漢語の デン[殿]も、「宮殿・殿堂・殿下」など、「広壮な 邸宅」や「貴人への 敬称」と して 用いられ ますが、もともとは「殿軍(軍隊の最後部)」の[殿](シンガリ)や 同音の デン[臀](シリ)を 表わす 語音です。いまどきの 音感覚で いえば、「デーンと ツキデル 姿」(お尻・ご殿・殿さま) いって よい でしょう。この点に ついて、『学研・漢和大字典』から「デン「[殿]の解字」イラスト 画像として 借用させて いただきました。くわしくは、直接 字典を ご参照 ください。

まえに「ヤマトコトバでは、t-n音語は 少数派」と 指摘しましたが、その 半面で タナギラフ[棚霧合](一面にかき曇る)タナグモル[棚曇](一面に曇る)・タナビク[棚引] トノグモル(=タナグモル)・トノビク(=タナビク)などの 上代t-n音語が 成立して います。

この ような 状況は、これらの t-n音 ヤマトコトバが t-n 漢語に 対応して 成立し()、発達した という 歴史経過をしめす もの かも しれません。タナ・ツナ・トノ だけ では ありません。タナ[]・タニ[] などに ついても、漢語テンtamdian ダンduan段・断duanなどと、音義とも 対応関係が あり そう です。

ついでに いえば、テンtianzhanなども 「ツキダス・ナラベル」姿を もって います。

ただし、くわしい 議論は、つぎの 機会を 待つ ほか ありません。

 

ツヌガと ツルガは 子音交替の 関係
t-n音の ヤマトコトバは 少数派」と いう ことの 背景に、「t-r音語が 多数派」と いう 事実が ある ことにも 注目したいと 思います。つまり、理論的には t-n音語 して成立しそうな コトガラが t-r音語 して成立し、流行したと 考えられる 例が たくさんある いう ことです。

たとえば、『古事記』応神天皇の くだりに ツヌガの蟹」の 歌が でてきます(記、43)。この ツヌガは 原文では [都奴賀]、いっぱんの「書き下し文」では ツヌガ[角鹿] 書かれ、その後 ツルガ[敦賀] 書かれる ように なりました。[]には、トンtuenddn (屯と 同系) ツイtuerdui(堆と 同系)の 両音が あったと されて いる いるので、この時期に t-n から t-r音に 変化した ことが 考えられます。

ツヌ[]から ツル[敦・蔓・弦] 変化したと すれば、イナリ[稲荷] ついても、イナ[][] [](もしくは ナニの ) n子音 から r子音へ 変化した ものと 解釈してよい でしょう。

n- から r- への 子音変化 現象は、漢語でも 見られます。

ニチnietri//    ニャクniakruo//   ニャクniagru// 

ニョniagru//    ネツniatre//    ネンnianran//

ごらんの とおり、いずれも 上古音 n-から 現代音r- 変化して います。

 

漢語 t-n音と t-m音との 関係                  
現代漢語では、t-n 音節は ありますが、t-m 音節は ありません。上古漢語と しては存在して いた t-m音語が、その後 すべて -n音語に 合流して しまった からです。もとt-m音と される のは、たとえば つぎの ような 語です。

サンts’emcan//  ザンtsamzhan//   ts’iamqian//   dziamjian//  

シンts’iem侵・寝qin//   tsiemjin//  thiemshen//     ジンdiemxun//  

センtiemzhan//      ts’iamqian//   

タンdemzhan//       tamzhan//          t’emtan//     

チンtiemzhen//     thiemshen//         テンtam店・点dian//

ごらんの とおり、かなり おおくの t-m音語が 成立し、独自の 基本義を もつ 単語家族を 組織して いたと 考えられます。たとえば、サン[]・ザンtsam などは 日本語 タム[]やツム[] 通じる 姿が あり、タン[] そのまま タム[] 対応する コトバ かと 思われます。ジン[] タン[]は、トム[止・留・尋・求] 通じる姿。テン[]は、商品を タメル[] タナ[棚・店]テン[]も、(火を)トモス 姿です。

    

t-n音漢語に ついて 分かった こと
3回に わたってt-n音漢語の 基本義を さぐって きましたが、まだまだ 分からない ことだらけ です。それでも いくつかの 問題点が 見えてきました。

    日本語では t-n 少数派 なのに たいして、漢語で むしろ 多数派 ある。

    上古漢語のt-m 現代漢語では t-n音に 合流して いる ので、t-n音漢語の 基本義 とらえる 作業が 複雑 なって いる。

    t-n音日本語は、t-n音漢語に 対応して 発達し ながら、途中 なんらかの 事情で 発達が 停止した 可能性が ある (たとえば、t-n 2音節動詞が ゼロ)

 

このへんで いちおう クギリに して、次回は t-n音の 英語」 とりあげる ことに します。

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