『古事記』解釈の
キーワード⑪
s-r音のコトバ
画像について
「カード64」の 中から 引用しました。イラストは
切り絵
作家 梶川 之男 さんの 作品です。T-, r-, s-などの 音形が どんな イメージ
(事物の姿)と 結びつくかを 考える ための テガカリとして かかげました。
タラシヒコの
ナゾ
「古事記を 読む 会」の 12月 研修会で 「12代 景行天皇」と「13代 成務天皇」の くだりを 輪読 しました。この 2代の ナマエが「オホタラシヒコオシロワケ[大帯日子淤斯呂和氣]」と「ワカタラシヒコ[若帯日子]」。両方に 共通する ナノリが「タラシヒコ」。そこで 今回は、天皇の ナノリ として、「タラシヒコ」に どんな 意味・情報が こめられていた のか、さぐって みる ことに します。なお、『古事記』に よれば、ほかにも
6代 孝安、14代 仲哀の 天皇名にも タラシの ナノリが 見られます。
タラシヒコ[帯日子]の ヒコは「日の 御子」、つまり「太陽の 子(=日光)の 威力を もつ大王」と しての ナノリと 解釈 できますが、問題は
タラシの
意味 です。タラシは『古事記』では [帯]と 書きますが、『日本書紀』など
では
[足]と 書かれます。どうして オビ[帯]に なったり、アシ[足に なったり するの でしょう か?
わたしは、タラシは
動詞
タラス[足・垂]の 連用形で あり、あわせて 名詞形と 解釈します。もともと
タル[足・垂] からの 派生語で、テル[照]・テラス[照] とも 同系の コトバと 考えて います。ただし、「国語辞典や 文法書に、そんな こと 書いて ないぞ」といわれるかも
しれません。
そう です。辞典や 文法書の 解説に たよって いても ナットク いかない から、あらたな 解釈を 提案して いる わけ です。提案の 根拠は、タル・タラス・テル・テラス
などt-r音語 用例の
実態 です。
タリない
ところへ タラシこむ
この ところ 異常気象 つづきで、大雪の
ため
物流が
とまり、ガソリン
スタンドの
ガソリンが
タリなく なる 心配が あります。その 心配を なく する ため には、なんとかして 道路を 除雪し、スタンドの
タンクが
満杯に
なる
まで
ガソリンを
タラシこむ ほか ありません。
「タリない ところ」へ「タリない
もの」を
タラシこめば、「用事が タリル」と いう、あたりまえ
すぎる
話です。
タラス
ものが 支配者
日照りや 水害 などで 農作物が 不作に なった 年、領主が 年貢を 減免して、領民たちが
なんとか
年を
越せる
だけの
食料を
のこした
と
します。領民
たちは、「食料を
タラシこんで くれた」領主を たよりに ついて ゆきます。タラス
ものが
支配者。領主がこの
役割を
はたさ
なく
なった
とき、領民
たちは
イッキ[一揆]を おこします。
あまり 上品な コトバでは ありませんが、「女タラシ」と
いう
のも、「なにか
ものタリない」と
感じて
いる
女性に
いろいろ
タラシこんで、自分の 支配下に おく、と いうタイプの 男性の こと です。
テル
姿は、デル 姿
日本語の t-r 2音節 動詞 には、タル・チル・ツル・トル と ならんで、テル・デルが
あります。テル[照] と デル[出]は、音形も 意味も フタゴの 兄弟の ように よく 似て います。ともに「テ[手]の 姿に
なる=ツキデル」が 基本義と 考えて よい でしょう。日や 月が テル[照] 姿は、たしかに「手が ツキデル」姿 です。
テル
もの が
テラ
『記』の 中で、テル[照]は 数回 出て きますが、テラ[寺]は ただ 1回 地名 テラマ[寺間]として でてくる だけ です。テル[照] ものが テラ[寺]。動詞テル[照]の 未然形、あわせて 名詞形と いう ことに なります。
念の ために いいますが、テラ と いう コトバは もともと「テル
もの」「ツキデル もの」と いう だけで、「仏教寺院」を 特定した コトバ では ありません。ただ、当時の
日本家屋に
くらべ、仏教寺院は「天に
向かって
ツキデル」姿で、とりわけ カワラブキの 屋根が 「テリ[照] 輝いて 見えた」こと から、しだいに テラ=仏教寺院 と いう 固定観念が できて しまった よう です。
テラス ものが 支配者
アマテラスオホミカミ[天照大御神]は、イザナギ神 から「タカマノハラ[高天原]を 知らせ」と 任命された と いわれて います。つまり、アマ[天]=高天原、テラス[照]=シラス[知](支配・統治する)、と いう ことに なります。いっぱん
庶民の
感覚で
いえば、「おれたちのイノチは、お日さまの
テラシ方 しだい」と いう わけ です。
アマテラス派
と テラ派
との 戦い
『古事記』は 大和政権(アマテラス派)の 立場で 書かれて いる ので、これ と 対立するテラ(仏教寺院)派の 動きに ついては 一切 記録されて いません。
『古事記』には、いちおう33代推古天皇 までの 記録が ありますが、仏教が 日本へ 伝来した 時期と される 28代 宣化天皇、29代 欽明天皇の くだりを 見ても、仏教伝来に ついての 記録は ゼロ です。その点で、『日本書紀』の 記事とは 極端に ちがった ものに なって います。
歴史的 事実と しては、当時 大和政権の 内部で アマテラス(神道)派 と テラ(仏教)派と の 対立抗争が 大問題に なって いた はず ですが、『古事記』編纂の
立場
から「内輪の
ゴタゴタを
公表する
のは
ミットモナイ(不利に
なる)」と
判断して、故意に
記録を
のこさ
なかったもの
と 考える
ほか
ありません。
タラス・テラス
と シラス
タラシヒコ(天皇)や アマテラス(神)などの 例 から、タラス や テラスが「支配・統治」を 意味する コトバだ と いう ことが 分かりました。
ところで、「支配・統治」を
意味する
コトバと
して、もう
ひとつ
シラス[知]が あります。タラス[帯・足]・テラス[照] と シラス[知] との 関係は どう 考えれば よい でしょうか?タラス・テラスは もともとt-r音語で あり、シラスは もともと s-r音語です。破裂音t-と 摩擦音s- では、音韻感覚が まるで ちがう という ことも できますが、時代の変化と ともに 「t-音 から s-音へ」と 変化する 傾向も 見られます。
ここで くわしく 論証する ことは できませんが、『古事記』に
見られる
タラス・テラスと
シラス
との
関係
などは、その
例証と
いえる
かも
しれません。
天皇名の
中の t-r音 と
s-r音
ここで、t-r音(タラシ)とs-r音(シラ・シロ)などの
ナノリを
もつ
天皇を
あげて
みます。
6代 孝安…オホヤマトタラシヒコクニオシヒト[大倭帯日子国押人]
12代 景行…オホタラシヒコオシロワケ[大帯日子淤斯呂和氣]
13代 成務…ワカタラシヒコ[若帯日子]
14代 仲哀…タラシナカツヒコ[帯中日子]
22代 清寧…シラニノオホヤマトネコ[白髪大倭根子]
(以上、『記』の表記による)
34代 舒明…オキナガタラシヒヒロヌカ[息長足日廣額]
35代 皇極…アメトヨタカライカシヒタラシヒメ[天豊財重日足姫]
43代 元明…ヤマトネコアマツミシロトヨクニナリヒメ[日本根子天津御代豊國成姫]
44代 元正…ヤマトネコタカミヅキヨタラシヒメ[日本根子高瑞浄足姫]
45代 聖武…アメシルシクニオシハルキトヨサクラヒコ[天璽國押開豊櫻彦]
49代 光仁…シラカベ[白壁]
50代 桓武…ヤマトネコアマツヒツギイヤテラス[日本根子皇統弥照]
<参考記事>
t-r, s-r音語の 基本義 などに ついては、この ブログでも しばしば 議論して きました。あわせて
ご参照
くださる
よう
お願い
いたします。
2012.7.24号「t-r音の 日本語」…t-r音の 擬声・擬態語…t-r音の 品詞語と その 基本義…アマテラス[天照]と テラ[寺]…
2012.8.9号「t-r音の 漢語」…t-r音 漢語の 基本義…スイdhiuar垂chui// tiuer隹zhui
2012.9.2号「t-r音の 英語」…t-r音 語根と 派生語…del(ツキデル 姿)⇒long1, long2,
length.// deru-(ツラヌク・デル・トル 姿) ⇒tree, true, truth,trust, trim.…正面から 日漢英の 音形比較を!
2012.11.14号「シラヌヒと
ツクシ」・・・シラヌヒ[不知梭]=シラヌヒ[白縫]…『古事記』の中の シラと ツクシ…
2013.10.1号「アマテラス神と
テラ[寺]と タラシヒコ
天皇」・・・アマテラスと テラの 関係…アマテラス神と
タラシヒコ天皇…
2013.10.12号「ツキデル姿、タレサガル姿…t-r音の漢語」…ダイ・テイder弟・第di// タイ・テイter剃・涕ti// タイ・テイter底・低・抵・邸di//
2013.10.22号「tele-は、デル「出」 姿…t-r音の英語」…タル・シタタル姿、drip, drop…タル・カタル姿、tell, tale,
talk…音や絵がデル装置、telephone, television…ツリトル針は三角形、three,
triangle…t-r音語根と派生語…
2014.10.11号「日本語のs-r音」…s-r音の 擬声・擬態語…『古事記』の中のs-r音語…s-r音日本語の音韻構造…
2014.10.19号「s-r音の漢語」…ザルの目を通りサル、サラス姿、サsar砂・沙sha// サイser西・細xi// ser晒・洒shai…
2014.11.2号「s-r音の英語」…s-r音とs-l音…r-音とl-音との相違点・共通点…サル・サラスもの=太陽、solar…サラサラ・ザラザラ=シオ[塩]=salt…ゾロゾロ・ソロウもの=series…語根s-r-, s-l-とその派生語…