2013年4月24日水曜日

コク[酷]な腰カケ、CUCKING STOOL


ネオ・漢字ものがたり④

 
 

CUCKING STOOL



 

日漢のk-k音語は双子の兄弟?   
これまで、日本語と漢語のk-k音語について見てきました。ヤマトコトバではカク・キク・クク・コクなどの2音節動詞が成立し、そのまわりに名詞などたくさんのk-k音語が組織されています。また漢語でも、カク[各・格・客]キク[菊・掬・麴・鞠]コク[谷・穀・國・告・酷]などのk-k音語が生まれています。もうすこしていねいに見ると、[][古・固・箇・故・枯]キュウ[九・臼・求・球・嗅]コウ[]なども、もとはk-k音語だったことが分かってきます。

ヤマトコトバと漢語は、それぞれたくさんのk-k音語を組織しているばかりでなく、その基本義の面でも、カク(ヒッカカル・ヒッカケル・カギル・カコム)・クク(ククル・クグル)コク(シゴク)など、k-k音独特の音韻感覚を共有しています。その点で、上代日本語と上古漢語のk-kは、双子の兄弟かと思われるほどよく似ています。「双子の兄弟」とまでいわれるのは、もちろんk-k音語だけのせいではありません。日漢両言語の音韻組織全体にわたって、客観的・具体的な対応関係が見えてきたからです。そのことは、これからさき。つぎつぎ紹介してゆきたいと思います。

 

英語のk-k音語は少数派?
これまで見てきたところでは、日漢のk-k音語は花ざかりのような、にぎやかな感じでした。しかし、英語の世界ではすこしカッテがちがうようです。

英語ではk-k音語が比較的すくないように見えます。たとえばA. H. D.(アメリカの遺産英語辞典)フロク「インド・ヨーロッパ語の語根」一覧表で見ると、まともにk-kタイプと見られる語根はkakka-だけのようです。

kakka- (to defecate脱糞する) poppycockたわごと, cacophony雑音, cucking stool.懲罰いす.

 

カコム・ククル・クグル・シゴク姿
ここで、語根kakka-の基本義が(to defecate脱糞)というのもオドロキですが、思いあたる点がないでもありません。日本語でも、「クソをコク[]」などといいます。脱糞する行為は、たしかにイネ・ムギなどのコクモツコク・シゴク作業とおなじ姿です。糞便は、小腸・大腸という器官の壁にカコマレクグリぬけ、やがてコキンと肛門からコキおとされる(カキ[]だされる)ことになります。

poppycockは、「poppyケシのようなcockオンドリ」ではなくて、M.D. pappe food+kak, dungからの外来語。dungは動物の糞。肥やし。「口にするのもケガラワシイ」から「タワゴト」となったようです。

cacophonyは、caco + phonyで、caco- “bad”の意を表わすギリシア語から借用の造語要素。有毒・有害な音=雑音となります。

 

コク[]な腰カケ、CUCKING STOOL
CUCKING STOOLとはどんなものか、ネットでしらべてみると、たくさんの画像がでてきました。その中から1枚を借用してブログのはじめにかかげました。辞典には「懲罰いす」として、「皮ひもでくくりつけて、公衆の前にさらし、ときには水中に突っ込んで水責めにした中世の懲罰道具」と解説されています。ネットの画像の中には、(真ん中をくりぬいた)便座の姿を明示したものもあります。

Stoolとはいいながら、chairとおなじく、ヒジカケやセモタレもついています。ただし、それは「人体を守る・休ませる」ためではなく、ぎゃくに「人体をカコム・ククリつける」、そして「クソをコク姿を公衆の目にカケル(恥をカク)」ようにするシカケです。

脱糞(クソをコク)という作業は、生物として毎日1回くらい必要な行為ですが、もっとも無防備で危険な場面でもあります。そのため、この場面をゼッタイ他人にみられないようにカクスことになります。やがて、その行為を表わすコトバを口にすることさえハズカシイとする傾向がでてきます。

とにもかくにもCUCKING STOOLとは、あまりにもコク[]な腰カケですね。

 

クッキーとカキモチなど   
そのほかのk-k音英語をひろってみましょう。    

cack 幼児用の靴。日本語でもカッコといいます。ただし「カラコロの転。児童語。駒下駄」とされています。

cackle (鳴き声) カッカッ・コッコッ。

cage カゴ。おり。ME OF cavea birdcage. *カコム・カギル・カクスもの。

cake ケーキ。一定の形に圧縮したかたまり。ME Scand. *cookしたもの。

cock ①おんどり。②せん[]。*生態(鳴き声やシグサなど)コク[]コク[告・哭・酷・谷]などの姿が見られる。

cook 料理する。*手・包丁などで食材を加工する。カク[掻・懸・掛・欠]カグ[]カギル[]キク[聞・利]ククル[]クグル[]コク[]などの作業。

cookie, cooky クッキー。平たい小さな形に焼いたケーキ。⇔カキモチ[欠餅](刀でなく、手で欠いて小形にした餅)。*手・刀などでカク・コクなどしてcook、調理・成形する。

cuckoo カッコウ。もと擬声語。

cucumber キュウリ。ウリ科植物。ツルも実も、マキツク・カコム姿。

kick ける。⇔キク[聞・利]キク=[][]。耳もとをkickすると、よくキク[利・効]キコエル

quack ガーガー(アヒルの鳴き声)

quick すばやい。*グイグイ動く、イキイキしている姿。

 

民族語のワクをこえて
ここまで日漢英のk-k音語を見てきました。たしかにそれぞれ独自の音韻感覚をもっていることはたしかです。また、日漢のk-k音語にくらべて英語のk-k音語はすくないようです。しかし、語彙数の大小は別として、民族のカキネをのりこえて、k-k音語としての基本義は共通しているように思われるのですが、いかがでしょうか?

当然といえば当然のことですが、cuckoo カッコウcockadoodledooコケコッコーなどの擬声語では、一定の対応関係を示しています。

英語音cockに①オンドリ、②せん[]などの意味用法があるのは、漢語音コクに①[]、②[]、③[]、④[]などの意味用法があるのと大同小異です。そのことはやがて、日本語音コクに①コク[]、②コク[]の意味用法があることとも、基本的に対応しているように思われます。

英語kickと日本語キク[聞・利]、漢語キク[菊・掬・鞠]が相互に対応関係にあるという解釈は、いかにもフシギで、コジツケの感じがするかもしれません。でも、フシギといえば、ある特定の概念(kick、聞く、利くなど)がある特定の語音(kick, キクなど)とセットになっていることがフシギです。しかも、だれもフシギと思わず、アタリマエのこととして、そのコトバをつかっているのがフシギです。

フシギなことをアタリマエに変えてしまった。人類の生命力のなせるワザ。ヒトの大脳のはたらきはフシギそのものです。
このさきも、アタリマエという先入観をはなれ、いちからコトバのフシギをさぐってゆきたいと思います。

2013年4月7日日曜日

カカル・カギル・カケル・カコム姿 


ネオ・漢字ものがたり③

 
 

[]の字形 (『漢字の世界Ⅰ』による)
 
 
 
[]の字形について
白川静さんはコク[]の字形にふくまれるコウ[]についいて、クチ[]ではなく、ノリト[祝詞]を収めた器だとしておられます。おなじくコウ[]をふくむキチ[]についても、「祝詞の器である口の上に、鉞形の器をおいて、これを守る意」としています(『漢字の世界Ⅰ』p.86)
また、このキチ[]とならんで、コ[]は「タテ[]形の器をおく形」であり、キチ[]が「詰める」意であるように、コ[]は「固く閉ざす」意としています。
 
コウ[]・コ[]は、もとk-k音語
ここでまた、コウ[]・コク[]・キチ[]・コ[]の音形について考えてみましょう。上古音・漢字・現代音の順にならべると、こうなります。
k’ugkou  kokgao  kietji     kaggu
つまり、コウ[]・コク[]・コ[]k-k音語で、キチ[]だけがk-t音語です。ごらんのとおり、現代漢語ではすべて語尾の子音が脱落して母音に変化してるので分かりにくいのですが、コク[]やキチ[]の場合は日本漢字音としてk-k, k-tの音形がのこっています。
白川説にしたがって、コク[]・キチ[]・コ[]などの字形にふくまれる[]を「ノリト[祝詞]をいれる器」と解釈する場合、その容器をk’agkouのようなk-k音で呼んでいたかもしれません。人間や動物のクチ[]も、飲食物をうけいれる容器であり、コトバを発声するときのカゴ(ユリカゴ)でもあります。
カゴといえば、漢語のキョウk’iuangkuang(かご)などもk-k音のコトバです。
 
[]から[固・苦・枯・故]まで
[]を音符とする漢字について考えてみます。
[]は、「固く閉ざす」ことによって「呪能を維持する」姿とされています。
 
kaggu は、「カコイ囗+音符古」の会意兼形声文字で、周囲をかっちり囲まれて動きがとれないさまと解されています。この点について白川さんは、コ[]の字形がもともと「呪能を維持する」ために「固く閉ざす」というカタクナナ姿勢を表わす字形であり、「古・固はもと同字であった」としています。[]がフルイ・ムカシの意味に専用されるようになったので、さらにカコミ[]をつけて、kagguが分化したというわけです。
k’agkuは、水分がカレて、かたくなった木。
k’agkuは、口がこわばってツバが出ない感じ。ニガイ味がする植物のこと。
kagguは、「攵(動詞の記号)+音符古」の会意兼形声文字で、かたまって固定した事実となることと解されています。この点についても白川さんは、古が「呪能を守る」のに対して、故は「故意にその呪能を破る行為であり、これを事故という」と解説しています。
 
 
日漢k-k音の対応関係
ヤマトコトバでも漢語でも、k-k音のコトバはそれぞれかなり多数の単語家族を組織していることが分かっています。日漢の両言語は、たがいにまったく別系統の言語といわれていますが、語彙の面では単語家族まるごと対応関係にあると思われるものが多数あります。
日本語(ヤマトコトバ)の単語家族研究がおくれているため、客観的・合理的な比較資料がとぼしく、まだ断定はできませんが、ほぼ見当だけはつきます。現代日本語音と現代漢語音を比較してみてもどうにもなりませんが、上古漢語音(詩経・論語など)や上代日本語音(古事記・万葉集など)まで時代をさかのぼれば、相互にかなりの対応関係があったと考えられます。そしてそのなごりが、現代語の中にまるで化石のようにころがっているわけです。ただ毎日の生活におわれて、どのコトバがどんなコトバの化石なのか考えるヒマもなく、無意識にコトバをしゃべっているのが現実です。
たまにはコトバの化石さがしをしてみるのもおもしろいと思います。
k-k音語なども、その例です。
カク(ヒッカク・ヒッカカル)[掻・書・画・懸・掛] カクhuek劃・画hua(カギル。ハカル)ケイkueggua(カケル)k’akke(ヒッカカル人)。huakhuo(カキ集める)kogjiao(カキまぜる)
カグ[](カキ集める)⇔キュウhiog臭・嗅xiu
カクム・カコム[] カクkuakguo(くるわ)
カゴ[篭・駕篭](まわりをカギル・カコム・カクマフ姿、またカク・カケル[懸・掛]、あるいはカク・カツグ[舁・担]道具)。⇔キョウk’iuangkuang(かご)
キク[]は字音語。⇔キクkiok菊・掬ju。キュウkiogjiugiogqiu(カコミとる)
クク[]・クグル[]。クギ[](ククル・クグルもの)。⇔コウkung工・攻gong(クグル姿=ツキヌク姿)。
クキ[](クッキリ、クギルもの) ケイhengjing
コク[](シゴク) コク[告・酷・梏・谷・穀](前号参照)
ほんとうは まだまだ たくさん あるでしょうが、ざっと調べただけで、これだけに なりました。まちがいが ありましたら、ご教示ください。
 せっかく ここまで来たので、次号でk-k音英語との関連もさぐってみたいと思います。