2013年3月22日金曜日

コク・シゴク・ザンコク[残酷]

ネオ・漢字ものがたり②



『漢字の世界Ⅰ』(部分) 






カコム・シゴク姿、コク[國・轂]
k-k音のコトバの話を、もうすこし つづけましょう。

前回「コク[]ものがコク[]物」といいましたが、コク音の漢字はまだほかに[国・告・哭・酷・轂]など たくさん あります。

コク[]kuekguoのもとの字形は[]で、「囗(カコイ)+音符或」の会意兼形声文字。[](呉音ワク、漢音コク)は「戈(ほこ)+囗(カコイ)印の地区」から成る会意文字。クネクネ曲りくねりながら地域をカコイこむ囗印が二重に使われています。まわりをカコム姿という点では、前回とりあげたコク[穀・谷]とおなじ姿だといえます。

コク[]kukgu(コシキ)も、「車輪の中央にあって、軸を通し、矢を放射状に出している筒形の部分」。まわりをカコマレ、シゴカレている姿は、コク[穀・谷]とおなじです。

 

コク[]は「牛+口」ではない?
きょうは、コク[]を音符とするコク[梏・酷]の字形について考えてみましょう。

コク[]kok>gaoの字形は、これまで「牛+囗(カコイ・ワク)」の会意文字で、コク[](ククリつけるカセ)の原字、ツグ・ツゲル[]の意に当てるのは仮借字、などと解釈されてきました。また、「牛のツノにつけた棒が人に危険を告知する」姿との解釈も示されました。

これに対して白川静さんは「の上部は(ではなく)明らかに木の枝であり」「下部はサイ[](ノリト[祝詞]を収めた器)」、したがって「は、ノリト[祝詞]を収めた器を木の枝に懸ける」姿だと解説しています(平凡社『漢字の世界Ⅰ』p.83)

コク[]の字形が「牛+口」ではなかったというのは、いささかショックでした。じぶんの漢字にかんする知識がイイカゲンなものだったことを思い知らされました。

ここでひとつ。コウ[](もしくはヰ[])に似た字形をサイとよんでおられますが、どうしてサイという語音なのか、勉強不足のイズミにはまだよく分かりません。もしかして、サイ[](マツル)サイ[](ノセル)などと同系の語音でしょうか?

 

祝詞をカキツケ、木の枝にカケル
漢語コク[]のもとの意味が「ノリト[祝詞]を収めた器を木の枝に懸ける」姿だという解説は、たいへん説得力があります。ヤマトコトバのノリト[祝詞]やツグ・ツゲル[]などの意味用法と対照して、なるほどと思い当ることがおおいからです。

ノリトノリ[宣・祝][]。ノリ[]は、動詞ノル[宜・乗]の連用形兼名詞形。心の中の思いが息の流れに乗って、コトバ(音声)として発声される姿がノル・ノリトです。ただ、音声としてのノリトは発声した瞬間に消え去るので、サイモン[祭文]として紙にカキツケ、そのノリト(祭文)を木の枝にカケたことが考えられます。

 

コク[]もコウ[]も、k-k音グループ
ところで、コク[]はもともとk-k音タイプの語ですが、その下部の字形をコウ[]と解釈すれば、これも上古音k’ug現代音kouですから、やはりk-k音グループということになります。このk’ugという語音を忠実にヤマトコトバの音感覚で翻訳すると、「クク[茎・漏]・ククル[]・クグル[]」などとなります。つまり、「まわりをカコム・ククル」もしくは「カコミの中をクグル」姿を表わすコトバだったことが推定されます。たしかにコトバや飲食物などが、このカコミをクグッテ出入りしています。

ちなみに、ヤマトコトバのクチ[]k-t音タイプ。動詞クツ[]・名詞クツ[]クダ[小角・管]などと同系。名詞としてはク[来・消]のチ[]、動詞としてはクツの連用形。クツ[]やクダ[小角・管]とおなじく、中空にカット(割・cut)された姿です。

コク[]に当たるヤマトコトバはツグ・ツゲルですが、いいかえれば「相手にコトバをツケル」ことです。ツク・ツケルはt-k音語。これをk-k音語でいえば、「コトバをカク・カケル[懸・掛]」のようになるわけです。

 

舌をシゴク・コキ酒がコク[]
それでは、音符コクをもつとされるコク[梏・酷]の場合はどうでしょうか?

白川さんはコク[]の字形について、「牛+口」ではないとしていますが、コク[]の字形が「(人や物を)ククリツケル道具。カセ」を意味することは否定しておられないようです。

そこで、「コトバをカケル・ツケル・ツゲル」姿をコク[]、「カセをククリツケル」姿をコク[]書き分けるようになったと解釈してはどうでしょうか?

日本語で「ウソをコク」などというコクも、「ウソの話をツクリ」「相手の耳にカケル・ククリツケル・ツゲル」姿です。

重労働でコキ使うとか、運動競技の監督やコーチが選手をシゴクなどの行為は、ザンコク[残酷]だと非難されます。このコクは単独で「あまりにもコクな話」のように用いられることもあります。

このコク[]k’okkuの字形は「酉()+音符告」の会意兼形声文字で、「舌をきつくしめつけるような強い酒」と解されています。コク[]を「コトバをツゲル」の意味に解していては、コク[]の意味につながりません。ここはやはりコク[]の例とおなじく、「酒の味がコク[]、舌をコク・シゴク[]」姿と解釈するほうがすっきりします。

漢字はもともと象形が基本ですが、それだけでは不足なので、指事・会意・形声などの方法にたよることになります。モジのもとになるコトバそのものも、おなじような経過をたどって発達してきました。「モジ発生・発達の歴史は、コトバ発生・発達の歴史のくりかえしである」といってもよいでしょう。漢字コク[穀・谷・告・酷]などの歴史をたどることは、やがてそのもとになっている漢語そのものの発生・発達の歴史をたずねることになります。そして、字形と音形と意味(事物の姿)との対応関係をたしかめようとしているうちに、そのズレユレに気づき、ぎゃくに観察者の目がくらくらして、シゴキにあっている感じになることがあります。

コトバモジは、もともと人と人が声をカケたり、キキとったりする道具として生まれたものであり、そのひとことひとことに生活がカカッテいました。つまり、命ガケの作品です。めでたいコトバのうらに、ザンコクなモノガタリもかくされているわけです。

 
「ネオ・漢字ものがたり」はノロノロ運転。「k-k音の漢語・漢字」、まだ序の口です。

2013年3月9日土曜日

コクものがコク[穀]物

ネオ・漢字ものがたり①

 
 
「カード64k-k
ウインドウズ8試運転中 
先日からパソコンの調子がよくないので、交換することにしました。ウインドウズ7から8へ交換したのですが、そのあとが大変でした。
もとのパソコンにはいっていたデータをあたらしいパソコンに移したのですが、わたしのうっかりミスで、ブログ下書き用のワード文書が消えてしまいました。わたしはいつもまずワードで原稿をつくり、それをコピーする要領でブログをつくっています。自分では、このワード文書が完全に「保存」できていると思いこんでいたのですが、じっさいはその手続きが済んでいなかったわけです。地震かツナミにあったようなショックですが、身から出たサビ。だれをうらむこともできません。一から出直しです。
キカイが変わると、キカイの使い方も変わってきます。やっとすこしだけウインドウズ7の使い方になれてきたところで、こんどはウインドウズ8へ切りかえ。93歳老人があたらしいキカイになれるまで、キビシイ日がつづきそうです。
 
「ネオ・漢字ものがたり」の構想
さて、本題にもどりましょう。
北日本新聞紙上で毎回小山哲郎さんの「漢字物語」を読ませていただいているうちに、こんどは小山さんにならって、わたしなりの「ネオ・漢字ものがたり」を書いてみたいと思うようになりました。わたしなりのというのは、こういうことです。
「漢字物語」では、漢字の字形を中心に「字形意味とのつながり」や「字形同士のつながり」について考えるシクミになっています。
もともと文字はコトバを書きしるすための記号ですから、まずは「その字形からすぐにその事物を連想できること」が求められます。その点は、漢字でもエジプト文字でもおなじことです。漢字の場合、とりあえずニチ[]・ゲツ[]・サン[]・スイ[]などの象形文字がつくられ、また[](戈+止)・シン[](人+言)などの会意文字などもつくられました。このへんまでは、視覚第一、象形中心の表音文字でした。
しかし、時代が変わり語彙数がふえるにつれて、それに見あうだけの漢字をつくることが困難になります。そこで考案されたのが、形声文字方式です。たとえばコウ[](水+音符工)・カ[](水+音符可)など。字形の一部がそのコトバの音形を表わし、他の一部がそのコトバの分類(所属)を表わします。この形声文字方式を採用することで、比較的簡単にたくさんの漢字をつくり、漢語の語彙をゆたかにすることに役立ちました。
この形声文字は、象形文字からはじまった漢字がやがて表音文字へと変身しようとした第一歩だと、わたしは考えています。そんな視点から、「コトバの音形と文字の字形との関係」にこだわりながら「ネオ・漢字ものがたり」を書いてみたいと思っています。
 
オト(発音)が意味を表わす
形声文字のコウ[]やカ[]の字形にふくまれる音符について、「工や可は、発音を表わすだけで、意味とは関係がない」という人がいますが、正確な議論とはいえません。むしろ、とんでもないマチガイだというべきです。すくなくともハナシコトバの世界では、コトバはオト(発音)だけがたよりです。もちろん音声信号と事物(の姿)が1対1の対応関係をもつようにするのは無理ですが、どの民族言語も「音声による象形」にくふうをこらしました。その結果、「コトバの意味オト(とりわけ子音)できまる」ことになったのです。サンズイ偏とか木偏とかいうのは、音符が表わす意味の分類(所属)を表わすだけです。
 
コクものがコク[]
総論ばかり議論していても、ちっとも面白くないといわれそうなので、このへんで各論にはいります。
あれこれ考えたすえ、k-kタイプの形声文字からはじめることにしました。k-は「50音図」でも,子音として最初に配列されるカ行子音k-k音タイプの語は、k-子音だけが2回くりかえされるために、k-子音がもつ基本義が強調されると考えられます。
さて、画像(「カード64k-k)をごらんください(イラストは梶川之男さん)。みじかい文句に,日漢英のk-k音語をつめこんでみました。
ここでは、まず形声文字コク[]の話からはじめましょう。コク[]は、「禾(穀物)+音符[穀-禾](かたいカラ)」の会意兼形声文字。かたいカラカコまれたコクモツ[穀物]の実のことです。現代漢語(普通話)では、[穀物]のかわりに[谷物]と書きます。日本人の感覚では、コク[]コク[]はまったく関係のない別語ですが、漢語としてはもともと同音同義のコトバでしたから、[谷物]と書いてなんの抵抗も感じないというわけです。そういわれてみると、コク[]も「両側をかたい岩盤でカコマレ、シゴカレル」姿です。ヤマトコトバでも、イネやムギを脱穀する作業を「コク[]・シゴク[]」といいます。また脱糞するのも、「クソをコク」といいます。
 
Kickすると、キク[聞・利]
人間の耳の奥のほうに鼓膜があって、まわりの音をキキとるようになっています。眠っているときなどはキコエにくいかもしれませんが、だれかに耳もとをkickされたとしら、どうなるでしょうか?「よくキク[利・効]」「よくキコエル[]」どころではありません。鼓膜がやぶれてギクッ・ギックリということになるでしょう。
キク音の漢語・漢字といえば、音符キク[](スクウ・カコム)をもつ会意兼形声文字キク[菊・掬・鞠・麹]などがあります。キク[]は、花びらがバラバラにならないようにカコマレタ姿。キク[]は、こぼれないようにカゴ型の道具でスクウ姿。キク[]は、ギュウギュウづめにしてカコミこんだマリ。Kick用のケマリ[蹴鞠]キク[](こうじ)も、「麥+音符キク[]」の会意兼形声文字。ふかした麥や豆をカゴ・カコミの中で発酵させる姿と考えられます。
 
おわび おねがい
「ネオ・漢字ものがたり」第1回、もうすこしカッコよくスタートしたかったのですが、あいにくパソコン交換とかさなって、ドタバタ劇になってしまいました。これがわたしの実力です。おゆるしください。
k-k音タイプの漢語・漢字はまだまだありますが、きょうはここまでということで、こんごとも よろしく おねがいします。