『漢字の世界Ⅰ』(部分)
カコム・シゴク姿、コク[國・轂]
k-k音のコトバの話を、もうすこし つづけましょう。
前回「コク[扱]ものがコク[穀]物」といいましたが、コク音の漢字はまだほかに[国・告・哭・酷・轂]など たくさん あります。
コク[国]kuek>guoのもとの字形は[國]で、「囗(カコイ)+音符或」の会意兼形声文字。[或](呉音ワク、漢音コク)は「戈(ほこ)+囗(カコイ)印の地区」から成る会意文字。クネクネ曲りくねりながら地域をカコイこむ囗印が二重に使われています。まわりをカコム姿という点では、前回とりあげたコク[穀・谷]とおなじ姿だといえます。
コク[轂]kuk>gu(コシキ)も、「車輪の中央にあって、軸を通し、矢を放射状に出している筒形の部分」。まわりをカコマレ、シゴカレている姿は、コク[穀・谷]とおなじです。
コク[告]は「牛+口」ではない?
きょうは、コク[告]を音符とするコク[梏・酷]の字形について考えてみましょう。
コク[告]kok>gaoの字形は、これまで「牛+囗(カコイ・ワク)」の会意文字で、コク[梏](ククリつけるカセ)の原字、ツグ・ツゲル[告]の意に当てるのは仮借字、などと解釈されてきました。また、「牛のツノにつけた棒が人に危険を告知する」姿との解釈も示されました。
これに対して白川静さんは「告の上部は(牛ではなく)明らかに木の枝であり」「下部はサイ[口](ノリト[祝詞]を収めた器)」、したがって「告は、ノリト[祝詞]を収めた器を木の枝に懸ける」姿だと解説しています(平凡社『漢字の世界Ⅰ』p.83)。
コク[告]の字形が「牛+口」ではなかったというのは、いささかショックでした。じぶんの漢字にかんする知識がイイカゲンなものだったことを思い知らされました。
ここでひとつ。コウ[口](もしくはヰ[囗])に似た字形をサイとよんでおられますが、どうしてサイという語音なのか、勉強不足のイズミにはまだよく分かりません。もしかして、サイ[祭](マツル)やサイ[載](ノセル)などと同系の語音でしょうか?
祝詞をカキツケ、木の枝にカケル
漢語コク[告]のもとの意味が「ノリト[祝詞]を収めた器を木の枝に懸ける」姿だという解説は、たいへん説得力があります。ヤマトコトバのノリト[祝詞]やツグ・ツゲル[告]などの意味用法と対照して、なるほどと思い当ることがおおいからです。
ノリトはノリ[宣・祝]ト[詞]。ノリ[宜]は、動詞ノル[宜・乗]の連用形兼名詞形。心の中の思いが息の流れに乗って、コトバ(音声)として発声される姿がノル・ノリトです。ただ、音声としてのノリトは発声した瞬間に消え去るので、サイモン[祭文]として紙にカキツケ、そのノリト(祭文)を木の枝にカケたことが考えられます。
コク[告]もコウ[口]も、k-k音グループ
ところで、コク[告]はもともとk-k音タイプの語ですが、その下部の字形をコウ[口]と解釈すれば、これも上古音k’ug、現代音kouですから、やはりk-k音グループということになります。このk’ugという語音を忠実にヤマトコトバの音感覚で翻訳すると、「クク[茎・漏]・ククル[括]・クグル[潜]」などとなります。つまり、「まわりをカコム・ククル」もしくは「カコミの中をクグル」姿を表わすコトバだったことが推定されます。たしかにコトバや飲食物などが、このカコミをクグッテ出入りしています。
ちなみに、ヤマトコトバのクチ[口]はk-t音タイプ。動詞クツ[朽]・名詞クツ[靴]・クダ[小角・管]などと同系。名詞としてはク[来・消]のチ[道]、動詞としてはクツの連用形。クツ[靴]やクダ[小角・管]とおなじく、中空にカット(割・cut)された姿です。
コク[告]に当たるヤマトコトバはツグ・ツゲルですが、いいかえれば「相手にコトバをツケル」ことです。ツク・ツケルはt-k音語。これをk-k音語でいえば、「コトバをカク・カケル[懸・掛]」のようになるわけです。
舌をシゴク・コキ酒がコク[酷]
それでは、音符コクをもつとされるコク[梏・酷]の場合はどうでしょうか?
白川さんはコク[告]の字形について、「牛+口」ではないとしていますが、コク[梏]の字形が「(人や物を)ククリツケル道具。カセ」を意味することは否定しておられないようです。
そこで、「コトバをカケル・ツケル・ツゲル」姿をコク[告]、「カセをククリツケル」姿をコク[梏]と書き分けるようになったと解釈してはどうでしょうか?
日本語で「ウソをコク」などというコクも、「ウソの話をツクリ」「相手の耳にカケル・ククリツケル・ツゲル」姿です。
重労働でコキ使うとか、運動競技の監督やコーチが選手をシゴクなどの行為は、ザンコク[残酷]だと非難されます。このコクは単独で「あまりにもコクな話」のように用いられることもあります。
このコク[酷]k’ok>kuの字形は「酉(酒)+音符告」の会意兼形声文字で、「舌をきつくしめつけるような強い酒」と解されています。コク[告]を「コトバをツゲル」の意味に解していては、コク[酷]の意味につながりません。ここはやはりコク[梏]の例とおなじく、「酒の味がコク[濃]、舌をコク・シゴク[扱]」姿と解釈するほうがすっきりします。
漢字はもともと象形が基本ですが、それだけでは不足なので、指事・会意・形声などの方法にたよることになります。モジのもとになるコトバそのものも、おなじような経過をたどって発達してきました。「モジ発生・発達の歴史は、コトバ発生・発達の歴史のくりかえしである」といってもよいでしょう。漢字コク[穀・谷・告・酷]などの歴史をたどることは、やがてそのもとになっている漢語そのものの発生・発達の歴史をたずねることになります。そして、字形と音形と意味(事物の姿)との対応関係をたしかめようとしているうちに、そのズレやユレに気づき、ぎゃくに観察者の目がくらくらして、シゴキにあっている感じになることがあります。
コトバやモジは、もともと人と人が声をカケたり、キキとったりする道具として生まれたものであり、そのひとことひとことに生活がカカッテいました。つまり、命ガケの作品です。めでたいコトバのうらに、ザンコクなモノガタリもかくされているわけです。
「ネオ・漢字ものがたり」はノロノロ運転。「k-k音の漢語・漢字」、まだ序の口です。