k-m音語の基本義をさぐる
『古文字類編』(部分)
画像について
『古文字類編』(高明編。中華書局)から借用しました。
2012年の漢字はキン[金]
2012年の世相を表わす漢字の第1位にキン[金]がえらばれました。ロンドン五輪での日本人選手の活躍、東京スカイツリーの開業、山中伸弥教授のノーベル賞受賞など、「おおくの金字塔が打ち立てられた年」ということが理由だといいます。
そういわれてみると、2012年はすばらしい1年だったということになりますが、実感としては、いまひとつピンとこない点があります。東北地方大震災の復興がおくれている。尖閣諸島や竹島がさわがしい。年末の衆議院選挙で政権与党が惨敗。これでは金どころか、銀でも銅でもない。もはや金属とは呼べない。ドロかヘドロをかぶっただけ、という感じがしないでもありません。
ところでこのキン[金]というコトバ。もとは漢語です。ヤマトコトバでは,カネもしくはクガネ・コガネなどにあたります。
漢字キン[金]について「学研・漢和大字典」でしらべてみると、
「点々のしるし+土+音符今」の会意兼形声文字。土の中にとじこもって含まれた砂金をあらわす。キン[禁](おさえてとじこめる)、ガン[含]などと同系。
と解説されています。また日本漢字音は、呉音コン(コム)、漢音キン(キム)。上古音kiem、現代音jin。つまり、上古音の音節語尾-mが現代音では-nに変化しています。
子音m-からn-へ変化する傾向はヤマトコトバにも見られます。ミナ[蜷]→ニナ、カミサシ[髪刺]→カンザシ[簪]など。
ただし韓国語では、いまでもk-m音のままのようです。韓国人の姓におおいキム[金]さんなどがそうです。キム イルソン[金日成]、キム
デヂョン[金大中]など。
ここであらためて画像「キン[今]・カン[甘]の甲骨文」をながめてみましょう。
漢字キン[今] の甲骨文は、ローマ字のAか三角帽子のようにも見えますが、よく見るとAの横線の下にもう1本横線があります。字典には、「A印(ふたで囲んで押さえたことを示す)+一印(とり押さえたものを示す)の会意文字」と解説しています。つまり、カム・カコム・オサエコム姿。視点をかえれば、トジコモルすがた。あるいは、容疑者をとりおさえ、頭にすっぽり三角帽をかぶせ(視界をさえぎる)、身柄を確保した姿ともいえます。その緊張した時間が、イマ[今]という意味・用法になったと考えられます。ヤマトコトバでいえば、イマ[今]=イ[射・忌・斎]マ[間]のような発想法です。
A字型・フクロ型容器にトリコミ、ふたをしてトジコメル対象は、人でもトリでも、鉱物でもかまいません。トリならばキン[禽]、鉱物ならキン[金]となります。ただし、漢字キン[金]の甲骨文は見あたりません。銅器銘文として、はじめて登場します。
キン[禽] giem>qinは、「柄つきの網+音符今」の会意兼形声文字で、アミにかかってトラエられたトリ[鳥]のこと。キン[擒](トリコにする)の原字です。
キン[衾]k’iem>qinは、「衣+音符今」の会意兼系形声文字。その中に体をトジコメ、体温をたもつ夜着。
キン[衿]kiem>jinは、「衣+音符今」の会意兼系形声文字。体をトジコメルため、衣類をとじあわせるエリモト。
その他、ガン[含](フクム)やギン[吟](口をふさいで声だけ出す) なども、音符として[今]の字形を含み、カム・コム(コメル・コモル)姿を表わしています。
音譜キン[今]と同源と考えられる漢字があります。
キン[禁]kiem>jin。「林+示(祭壇)」の会意文字。神域のまわりに林をめぐらし、かってに出入りできないようにすることを示す。つまり、キメル・キマル・コメル・コモル姿です。
キン[禁]を音符とする漢字に、キン[襟](えり。キン[衿]と同源)・キン[噤](口をつぐむ)などがあります。
漢字カン[甘]の甲骨文は、ごらんのとおり、口の中に食物をカム・フクム姿の字形です。
「口+・印」の会意文字。上古音kam。現代音gan。
カム姿は、食物を味わう姿。その姿から、アマイ・アマヤカス・アマンズルなどの意味を表わすようになりました。
カン[柑](口の中に含んで味わうみかん)・カン[鉗](カム・フクム姿でツカミとる金ばさみ)などもおなじ単語家族です。
コトバの意味は音形できまる
よく「音譜は発音を表わすだけで意味とは関係ない」などといいます。ほんとにそうでしょうか?たとえばカン[甘・柑・鉗]の場合。3語(字)とも同音ですから、音形だけで意味の区別を表わすことができません。そこで、木偏や金偏をつけて、「もとの甘」・「植物の甘」・「金属の甘」を区別して表記するようにしました。このような方法で漢民族は、宇宙の複雑な現象に対応できる「精密な表意文字の体系」をつくることを目ざし、一定の成果をあげました。それはそれで、すばらしいことです。しかし、それは書面言語の世界での話。日常会話はもちろん、電話・ラジオ・テレビなど音声言語の場面で、いちいち「木偏の甘」・「金偏の甘」と説明しながらしゃべっているわけではありません。そこでは、「漢字でどう書くか」は問題になりません。「漢字か、カナか、ローマ字か」も問題になりません。ただカンkanという音声・音形が音波・電波をとおして伝えられるだけです。
コトバには、意味がコメられています。ハナシコトバ(音声言語)の場合、コトバの意味を表わすのはオト(音声)だけです。