2012年4月24日火曜日

p-t音の漢語


p-t音擬声・擬態語と音象徴(2)

日漢英のコトダマくらべ(8)

[]の甲骨文

[]の甲骨文 

 []の甲骨文

 []の甲骨文




漢字の字形と発音との関係
前回は日本語についてp-t音の基本義をさぐりました。今回は漢語、次回は英語のp-t音語をとりあげ、日本語とも比較しながら、日漢英に共通する基本義をさぐる予定です。

さて、これまで漢語について議論しながら、漢字の字形についてはわざと話題にしないようにしてきました。その理由の第一、議論の対象はコトバであり、とりわけ音声言語であって、モジの字形ではないこと。第二、漢字はもともと表意モジであり、字形が発音(音形)を表わすモジではないこと。したがって、漢字の字形から漢語の発音や音形にかんする資料をとりだせる可能性は薄いと考えられることなど。

しかし、こんどからすこし方針を変更します。さしあたり、画像として漢字の甲骨文を紹介するなど、漢字の字形と発音との関係を考えるための資料を提供します。漢字の字形は直接コトバの音形を示すものではありませんが、字形をよく観察することによって、その字形構成のうらにかくされた音韻感覚をつかみとることできるかもしれません。

「はじめにコトバありき」というとおり、人類はさいしょにコトバをうみだし、ずっとあとでモジをつくりました。コトバを発明した方法手順にならって、モジを発明したと考えられます。このことからぎゃくに、漢字の発生・発達の歴史をたどることで、漢語というコトバの発生・発達の歴史をさぐる資料が得られる可能性があると考えられます。

21世紀の現代、世界中で漢字という表意モジを使っているのは中国と日本だけです。「世界中で、表意モジから表音モジが主流になってきている」という事実をまず認めましょう。そのうえで、漢字の字形と音形の関係について考えてみましょう。

 p-t音漢字の甲骨文
ここで、p-t音漢字「八・伐・敗・弗」の甲骨文を紹介しておきます(高明編、中華書局発行『古文字類編』による)。甲骨文というのは、亀の甲らや動物の骨に刻みつけたモジのことで、漢字の最古の字形とされています。

漢字の造字法としては、事物の姿を写す象形が基本になりますが、そのほかに指事・会意・形声・転注・仮借などの方法があります。象形モジはたしかに便利ですが、字形があまり複雑になると、かえって不便です。つぎつぎ現われる新生事物にたいして、何千何万の象形モジをつくるわけにもゆきません。指事や会意の方法でも間にあいません。そこで生まれた方法が形声です。一つの字形、たとえば[]を発音記号として使い、それに[水・木・金]などの分類記号をくみあわせ、[洞・桐・銅]などの漢字をつくります。わりあい簡単な方法で無数の漢字をつくることができます。漢字の総数は何万という多数にのぼりますが、もっとも多数の漢字が形声モジに分類されます。字形の一部に発音記号をふくむモジが出現したという事実は、漢字が表意モジから表音モジにむかって変身をとげるキザシだったとみることができるでしょう。

ハチ[] 左右二つに分けたさまを示す指事文字(象形文字が写生的なのに対して、やや抽象的な表現法)。バタバタ、ブツ[]、ウチハラウ姿。
バツ[] 「人+戈(ほこ)」の会意文字。人が刃物で物をきり開くこと。
ハイ[] 「攴(動詞の記号)+音符貝」の会意兼形声文字。
フツ[] 「ひものたれた形+八 印」の会意文字。払いのけて否定する意。


p-t音漢語の擬声・擬態語
まずp-t音漢語の中から擬声(音)語をひろってみます。
Bada 叭嗒。吧嗒。モノが当たる音。パタッ。パタン。パチッ。ポタポタ。ポツリ。ポトリ。
Pacha [口+拍][口+察][口+拍][口+査]。パチッ。 パチャッ。ビチャッ。
Pada [口+拍] 嗒。パタッ。パタリ。ポタッ。ポタリ。ポタポタ。ボトボト。
Picha [口+察] 。ピチャッ。
Pudong扑冬。ドブン。
Puteng扑騰。ドシン・パチャパチャ。パタリ。ポタッ。
Putong 扑通。[口+僕-人]通。ドブン。バタリ。パチャッ。
ざっと見たところ、こんなぐあいで、日本語にくらべ、かなりすくない感じです。
擬態語との関係は、p-r音語などの場合と同様です。


p-t音漢語(品詞語)の基本義
つぎに上古推定音p-tの漢語をひろいます。
日本漢字音・上古漢語音・漢字・現代漢語音・解説の順にしるします。
かなり多数ありますが、語音と語義の関係をたどりやすいように簡略化してあります。
ハイpuad bai 「手+音符犮」の会意兼形声モジ。
ハイpuad bai 「攴(動詞の記号)+音符貝」の会意兼形声文字。廃と同系。
ハイpiued fei 「厂+音符發」の会意兼形声モジ。家がパンとはじけ二つに割れてくずれること。敗と同系。
バイpuad bei 子安貝または二枚貝を描いた象形モジ。パッと割れる姿。敗・肺と同系。
ハチ puat ba パッと左右二つに分けたさまを示す指事モジ。別・撥と同系。
ハチ puat鉢 bo 前述。
ハツbiuat fa 「人+戈」の会意モジ。人が刃物で物を切り開くこと。發・敗・廃と同系。  
ハツpiuat fa 癶は、左足と右足とが開いた形を描いた象形モジ。發は「弓+音符(癶+殳)」の会意兼形声モジ。→  puatbo。
ハツ buat ba 犬が後足でパッとハネトバス姿を示す指事モジ。→抜・髪・祓。
ハツ bat ba「手+音符犮」の会意兼形声モジ。パッとハネル、ヌク姿。 ハツpiuat fa 「髟(かみの毛)+音符犮」の会意兼形声モジ。バラバラにヒラク姿。
バツ biuat fa「詈(ののしる)+刀」の会意モジ。罪をしかって刀で刑を加えること.伐・撥と同系。
ヒツpiet bi 両側から当て木をして、締めつけたさまをえがいた象形モジ。ピタリひっつく姿。→pietbi
ヒツpiet bi「弓二つ+(一+囗+人)」の会意モジ。弓を両側から締めつけて、ひずみを正すユダメの姿。やがて、補佐する姿。必・泌と同系。
フツ piuet fu 「ヒモの垂れた形+八印」の会意モジ。払いのけて否定する姿。→biuet fo/ p’iuet fup’iued fei
ベツ biat bie もと「冎+刀」の会意モジ。関節を刀でバラバラに分解する姿。八(わける)と同系。
ベツ p’iat pie 「目+音符敞」の会意モジ。右と左に視線を投げかけること。
ボツ buet bo 芽や子どもが元気に発育する(ひらく、おこる)姿の会意モジ。→buet bobued beibuet bo

2012年4月10日火曜日

p-t音擬声・擬態語と音象徴(1)


日漢英のコトダマくらべ()



「カード64」より



p-t音語の基本義を考える
前回までp-rによる音象徴、つまりp-r音語の基本義について考えてきました。ひきつづきp-tの基本義について考えてみたいと思います。
まずはp-r音日本語の擬声・擬態語や品詞語を採集して、その基本義をもとめ、あらかじめ設定した共通基本義を補正します。つづいて、p-r音の漢語・英語についても同様の作業をすすめます。こうした作業の結果として、日漢英共通の基本義を設定することができればと考えています。


画像について
ここにかかげた画像は、2005年に発表した「カード64」の一部(p-t音)です。イラストは切り絵作家梶川之男さんの作品。文面では「ハタケでハタラク」農民のはずが、画面では「道路工事でハタラク」労働者になっています。
ハタケバタバタ地面をハツル。一日中ハタラキつづけて、ヘトヘト。あげくのハテヘタバルパッタリたおれる」「農作業でも道路工事でも、地面をハツル・ブツ[]姿はおなじ」というイズミ流のヘリクツで、この文面とイラストをコンビで採用することにした経過があります。「カード64」制作当時の舞台裏を証言する、思い出の1枚です。

 p-t音日本語の擬声・擬態語
「広辞苑」などをたよりに、p-r音の擬声語・擬態語をひろってみました。予想以上にたくさんありました。擬声語と擬態語の判定基準などについて、あまり自信がもてないものもありますが、ひとまず擬声語//擬態語の順に記します。
pat-:ハタハタ・バタバタ・パタパタ・バタリ・パタリ・ハチハチ・パチパチ・バチャバチャ・パチン・ハッ。// バッタリ・バタン・パタン・バッチリ・パッチリ。
pit-:ピチャピチャ・ピチャリ// ヒタヒタ・ビチビチ・ピチピチ・ピッタリ。
put-:フツ(プッツリ)・フッツリ・プッツリ// フツフツ・ブツブツ・プツプツ。
pet-:ペタペタ・ペチャン// ヘタヘタ・ベタベタ・ペタペタ・ベタリ・ペタリ・ペタン・ベチャベチャ・ベチャクチャ・ペチャクチャ・ベッタリ・ペッタリ・ヘトヘト・ベトベト・ヘドモド。
pot-:ホタホタ・ポタリ・ポチャリ・ホッタリ。ポッタリ・ホト・ホトホト・ポトポト・ポトリ// ボタボタ・ポタポタ・ポチ・ボチボチ・ポチポチ・ボチャボチャ・ポチャポチャ・ポッチリ・ポッテリ・ボットリ(マルボチャ美人)・ホツホツ・ボツボツ・ポツポツ・ボツリ・ポツリ・ポツン。ボトボト。 

p-t音品詞語との関係
p-t音擬声語はそのまま擬態語としても用いられるのが普通ですが、そのまわりに(擬声・擬音の働きをしない)p-t音擬態語がたくさんあります。さらにそのまわりに、それらp-t音擬声・擬態語と家族関係にあると推定されるp-t音品詞語(名詞・動詞・副詞など)がゾロゾロならんでいます。
このような実態をどうとらえればよいか?いろいろ議論が分かれるかと思いますが、わたしは「擬声・擬態語とよばれるp-t語根となり、そこから各種のp-t音品詞語が派生した」と考えています。ふつうの国語辞典では、こうした単語の家族関係についての解説が不十分で、擬声・擬態語や品詞語の区分なども明確に示されていないようです。そこでイズミの「独断と偏見」による仮説にしたがい、p-t音語根と派生語との関係として整理してみました。語根//基本義//派生語の順で記します。
pat-バタバタ・パタパタ、ハツル・ブツ・ウツ・アテル姿)
ハタ[畑・畠]・[旗]・[端・傍]・[袖]・[機]・[鰭]・[二十]。ハダ[肌・膚]。ハダカ[裸]。ハダラ[斑]。ハダレ[斑]。ハチ[鉢]・[蜂]。ハヂ[恥・恥辱]。ハチス[蜂巣]・[蓮・荷]。ハツ[初]。ハッタリ(なぐること。おどすこと)。ハト[鳩]。ハトリ[織。服部]。
ハツ[泊]・[果]。ハヅ[恥・愧・羞]。ハタス[果]。ハタル[徴]。ハツル[剥]。
ハヅカシ[恥]。
ハタ[当・将]。ハタシテ[果・終]。ハツハツ[端端](わずか)。
pit-ピタリ、ヒッツク、ヒタス、ヒトツになる姿)
ヒタ[直・頓]。ヒダリ[左]。ヒヂ[肘]。ヒツ[櫃]。ヒツキ[棺](ヒトキとも)。ヒツギ[日嗣]。ヒデリ[日照。旱]。ヒト[人]・[一]。ヒトヤ[獄]。ヒトリ[一人・独]。
ヒダク[挫]。ヒタス[漬]。ヒツ[漬・湿]。ヒヅ[漬・沾](ビチョビチョ、ぬれる)。ヒヅ[秀]。ヒデル[日照。旱]。
ヒトシ[等](均一)。
ヒタスラ[永・専]。
put-フツフツ・ブツブツ、ブツカル、ブツケル姿)
フタ[二・両]・[蓋]。フダ[札・帳]。フタツフタリフチ[淵・縁・斑]。フヂ[藤・蔦]。フツカ[二日]。フツクロ[懐]。フデ[筆]。フト[太]・フトコロ
フタガル。フタグ[塞](フタをする。ふさぐ)。ブツカル・ブツケル・ブッタクル・ブッツカル。フテル[不貞・棄]。フトル[太]。
フトシ[太]。
フタタビ。フツクニ。フット。フツニ。フッツリ。ブッツリ。プッツリ。フツリ。プツリ。フト。
pet-ヘタヘタ・べタベタ、ベタツク姿)
ヘタ[辺・端]・[下手]。ベタ(一面)。ヘダテ。ヘダタリ。ヘチマ。ヘチムクレ。ヘツイ[竈・竈津火]。 
ヘダツ。ヘダタル。ベタツク。ヘタバル・ヘツク[辺附]。ヘツラフ[]。  
pot-ボツボツ・ポツリ、滴がオチル姿。また、[]がタツ[立]・タル[]姿)
ホタ[穂田]。ホタギ[榾]。ホタチ[穂立]。ホダリ(酒器)。ホタル[蛍](ホ[火]タル[垂])。ポチ[点]。ボッチホテ(腹)。ホデ(腕)。ホデリ[火照]。ホト[程]・[陰]。ホド[程]。ホトギ[缶]。ホトケ[佛]。ホトボリ[熱]。ホトリ[辺]。ホドロ[斑](ハダラ)。
ホダス[絆]。ホダテル[撹]。ホツル[解]。ホテル[熱・火照]。ホドク[解]。ホドコス[播・施]。ホドコル[流・延](はびこる)。ホトバシル(とびちる)。ホトボル[熱]。
ホトホトシ[殆]。
ホタホタ。ボタボタ。ポタポタ。ホッタリ。ポッタリ。ポッチリ。ボッツリ。ポッツリ。ボッテリ。ボットリ。ボツリ。ポツリ。ホトホト[殆]。ホドホド[程程]。ホトンド

 ナルホドとハテナ
以上、「64音図方式」にしたがってp-t音語を品詞別に分けて書きだしてみました。
作業手順としては、はじめにp-t音語についてpat-, pit-, put-などの5ワクを設定し、それぞれに基本義を設定しておきました。そのあとの作業は、採集されたp-t音語をワクに合わせて分類しただけです。
さて、できあがった分類表をもういちど読みなおし、一つ一つのコトバと共通基本義との関係を見なおし、ナルホドと感心したり、ハテナと考えこんだりしています。
pat-の項で、同音のハタに[畑・畠]・[旗]・[端・傍]・[袖]・[機]・[鰭]など、たくさんの漢字が当てられています。コトバの意味を考えてみれば、[畑]・[旗]・[端]・[機]は相互に何の関係もない別語のはずです。それがどうして同音のハタと呼ばれたのか?偶然の一致なのか?それとも、何らかの原則や基準にてらして同一グループと判断されたのか?そんな疑問がわいてきます。
さんざん考えぬいたあげく、原点にもどって考えなおすことにしました。原始人もしくは赤ん坊がはじめてコトバをおぼえたり、作りだしたりする場面での発想法です。
バタバタ・パタパタ、ブチアテルところがハタ[畑・畠]・[端・傍]。ハタメクものがハタ[] ・[鰭]。バタバタ音を立てながら、タテ糸にヨコ糸をブチアテル織機がハタ[機]。
原始的で単純な発想法ですが、これではじめてp-t音語の正体が見えてきた感じです。
もちろんまだ、p-t音語の基本義についてすべての疑問点がなくなったわけではありません。それでも、たくさんのハテナナルホドに変わってきたことは事実です。
ハツ[二十]の基本義なども、まだハテナの部類ですが、これはハツカ[二十日]・ハタチ[二十歳]などと同系でしょうから、ヒト[人・一]フタ[蓋・二]ヒトツ[]フタツ[]などとあわせて共通基本義をさぐることができるでしょう。

 ハチ[鉢]は、もと梵語
ハチ[鉢]というコトバは上代語辞典にのっていますから、ヤマトコトバと見てよいでしょう。ところがその辞典には「梵語Patra鉢多羅の下略、僧が施しを受けるのに用いる器。もとはインドの食器」と解説されています。梵語といえばサンスクリット、つまりインド・ヨーロッパ語の一派です。このことは、ヤマトコ+トバの中にインド・ヨーロッパ語のカケラがまぎれこんでいたことを意味します。
ハチ[鉢]だけではありません。ホトケ[]タフ[](ソトバ[卒塔婆]の略)なども、もとはそれぞれ梵語Buddhastupaからの外来語だったことが分かっています。
話がここまでくると、これまでの「ヤマトコトバは純粋種の言語」という常識が、実は「万世一系の大日本帝国は不滅」、「原子力発電所は安全」などとおなじレベルの神話だったのではないかということになります。
わたしは、そのとおりだと思っています。純粋種の言語は生命力がとぼしい。漢語(中国語)や英語などは雑種ですが、それだけたくましい生命力をもっています。日本語も、ヤマトコトバと呼ばれた時代から、すでに漢語や梵語などの外来語を取りこみはじめていたと考えられます。つぎつぎ外来語を取りこむことで、日本語の中身がゆたかになりました。その結果として、いまは世界水準の科学技術を日本語で学習したり、ノーベル賞クラスの文学作品を日本語で書いたりできるようになったわけです。

 またしても、話の途中で脱線してしまいました。次回は「p-t音の漢語」をとりあげます。