p-t音擬声・擬態語と音象徴(2)
日漢英のコトダマくらべ(8)
[八]の甲骨文
[伐]の甲骨文
[敗]の甲骨文
[弗]の甲骨文
漢字の字形と発音との関係
前回は日本語についてp-t音の基本義をさぐりました。今回は漢語、次回は英語のp-t音語をとりあげ、日本語とも比較しながら、日漢英に共通する基本義をさぐる予定です。
さて、これまで漢語について議論しながら、漢字の字形についてはわざと話題にしないようにしてきました。その理由の第一、議論の対象はコトバであり、とりわけ音声言語であって、モジの字形ではないこと。第二、漢字はもともと表意モジであり、字形が発音(音形)を表わすモジではないこと。したがって、漢字の字形から漢語の発音や音形にかんする資料をとりだせる可能性は薄いと考えられることなど。
しかし、こんどからすこし方針を変更します。さしあたり、画像として漢字の甲骨文を紹介するなど、漢字の字形と発音との関係を考えるための資料を提供します。漢字の字形は直接コトバの音形を示すものではありませんが、字形をよく観察することによって、その字形構成のうらにかくされた音韻感覚をつかみとることできるかもしれません。
「はじめにコトバありき」というとおり、人類はさいしょにコトバをうみだし、ずっとあとでモジをつくりました。コトバを発明した方法手順にならって、モジを発明したと考えられます。このことからぎゃくに、漢字の発生・発達の歴史をたどることで、漢語というコトバの発生・発達の歴史をさぐる資料が得られる可能性があると考えられます。
21世紀の現代、世界中で漢字という表意モジを使っているのは中国と日本だけです。「世界中で、表意モジから表音モジが主流になってきている」という事実をまず認めましょう。そのうえで、漢字の字形と音形の関係について考えてみましょう。
ここで、p-t音漢字「八・伐・敗・弗」の甲骨文を紹介しておきます(高明編、中華書局発行『古文字類編』による)。甲骨文というのは、亀の甲らや動物の骨に刻みつけたモジのことで、漢字の最古の字形とされています。
漢字の造字法としては、事物の姿を写す象形が基本になりますが、そのほかに指事・会意・形声・転注・仮借などの方法があります。象形モジはたしかに便利ですが、字形があまり複雑になると、かえって不便です。つぎつぎ現われる新生事物にたいして、何千何万の象形モジをつくるわけにもゆきません。指事や会意の方法でも間にあいません。そこで生まれた方法が形声です。一つの字形、たとえば[同]を発音記号として使い、それに[水・木・金]などの分類記号をくみあわせ、[洞・桐・銅]などの漢字をつくります。わりあい簡単な方法で無数の漢字をつくることができます。漢字の総数は何万という多数にのぼりますが、もっとも多数の漢字が形声モジに分類されます。字形の一部に発音記号をふくむモジが出現したという事実は、漢字が表意モジから表音モジにむかって変身をとげるキザシだったとみることができるでしょう。
ハチ[八] 左右二つに分けたさまを示す指事文字(象形文字が写生的なのに対して、やや抽象的な表現法)。バタバタ、ブツ[打]、ウチハラウ姿。
バツ[伐] 「人+戈(ほこ)」の会意文字。人が刃物で物をきり開くこと。ハイ[敗] 「攴(動詞の記号)+音符貝」の会意兼形声文字。
フツ[弗] 「ひものたれた形+八 印」の会意文字。払いのけて否定する意。
まずp-t音漢語の中から擬声(音)語をひろってみます。
Bada 叭嗒。吧嗒。モノが当たる音。パタッ。パタン。パチッ。ポタポタ。ポツリ。ポトリ。Pacha [口+拍][口+察]。[口+拍][口+査]。パチッ。 パチャッ。ビチャッ。
Pada [口+拍] 嗒。パタッ。パタリ。ポタッ。ポタリ。ポタポタ。ボトボト。
Picha 劈[口+察] 。ピチャッ。
Pudong扑冬。ドブン。
Puteng扑騰。ドシン・パチャパチャ。パタリ。ポタッ。
Putong 扑通。[口+僕-人]通。ドブン。バタリ。パチャッ。
ざっと見たところ、こんなぐあいで、日本語にくらべ、かなりすくない感じです。
擬態語との関係は、p-r音語などの場合と同様です。
p-t音漢語(品詞語)の基本義
つぎに上古推定音p-tの漢語をひろいます。日本漢字音・上古漢語音・漢字・現代漢語音・解説の順にしるします。
かなり多数ありますが、語音と語義の関係をたどりやすいように簡略化してあります。
ハイpuad拝 bai 「手+音符犮」の会意兼形声モジ。
ハイpuad敗 bai 「攴(動詞の記号)+音符貝」の会意兼形声文字。廃と同系。
ハイpiued廃 fei 「厂+音符發」の会意兼形声モジ。家がパンとはじけ二つに割れてくずれること。敗と同系。
バイpuad貝 bei 子安貝または二枚貝を描いた象形モジ。パッと割れる姿。敗・肺と同系。
ハチ puat八 ba パッと左右二つに分けたさまを示す指事モジ。別・撥と同系。
ハチ puat鉢 bo 前述。
ハツbiuat伐 fa 「人+戈」の会意モジ。人が刃物で物を切り開くこと。發・敗・廃と同系。
ハツpiuat發 fa 癶は、左足と右足とが開いた形を描いた象形モジ。發は「弓+音符(癶+殳)」の会意兼形声モジ。→ puat撥bo。
ハツ buat 犮ba 犬が後足でパッとハネトバス姿を示す指事モジ。→抜・髪・祓。
ハツ bat抜 ba「手+音符犮」の会意兼形声モジ。パッとハネル、ヌク姿。 ハツpiuat髪 fa 「髟(かみの毛)+音符犮」の会意兼形声モジ。バラバラにヒラク姿。
バツ biuat罰 fa「詈(ののしる)+刀」の会意モジ。罪をしかって刀で刑を加えること.伐・撥と同系。
ヒツpiet必 bi 両側から当て木をして、締めつけたさまをえがいた象形モジ。ピタリひっつく姿。→piet泌bi。
ヒツpiet弼 bi「弓二つ+(一+囗+人)」の会意モジ。弓を両側から締めつけて、ひずみを正すユダメの姿。やがて、補佐する姿。必・泌と同系。
フツ piuet弗 fu 「ヒモの垂れた形+八印」の会意モジ。払いのけて否定する姿。→biuet佛 fo// p’iuet払 fu/p’iued費 fei。
ベツ biat別 bie もと「冎+刀」の会意モジ。関節を刀でバラバラに分解する姿。八(わける)と同系。
ベツ p’iat瞥 pie 「目+音符敞」の会意モジ。右と左に視線を投げかけること。
ボツ buet 孛bo 芽や子どもが元気に発育する(ひらく、おこる)姿の会意モジ。→buet 勃 bo/bued悖 bei/buet渤 bo。