2013年5月18日土曜日

日英s-m音語との対応関係


ネオ・漢字ものがたり⑥
 
 
[]の甲骨文 

 
 
 
同上銅器銘文
 
 
 
血液をスミズミまでシミこませる
このまえは、「お酒の香りをシミこませて清める」話をしました。きょうは、「血液を体のスミズミまでシミこませるものが心臓」の話からはじめましょう。
画像は、漢字シン[]の甲骨文と銅器銘文の字形で、『古文字類編(高明編・中華書局)から借用しました。甲骨文の字形は、ハートマーク♡のようにも見えます。銅器銘文の字形は、より具体的・忠実に心臓姿の姿を写生した感じです。
シンゾウ[心臓]とは、シン[]のゾウ[](はらわた)。つまり、大小の血管をとおして血液を送りだし、体のスミズミまでシミわたらせ、使用ズミの血液を回収(シマイこむ)して再生させる循環センター(中心)です。 
漢字シン[]の発音は、上古音シムsiemから現代音シンxinに変化しています。同類の漢字にシンsiem沁・滲shenがあります。ともにシム・シミル・ニジム姿を表わすコトバです。語音シムの名詞用法(シミわたらせるモトジメ[元締])シム[]、動詞用法(シム・ニジム)がシム[ 沁・滲]と書き分けられたと考えてよいでしょう。
 
シミルまでシマシ[暫時]
ハモノで物をキル姿を表わす漢字には、セツ[]・カン[]・バツ[]・サイ[]・セン[]・ザン[]など、いろいろあります。そのうちの一つ、ザム(ザン)tsamzhanの字形・字音と意味の関係について考えてみましょう。
ザムtsamzhanは、もともと[](ヤジリ)などのハモノをシミこませる姿を表わすコトバです。この場合、ヤイバがシミコムまで、シマシ(シバラク)時間がかかります。ほんのすこしの時間ですが、それをザムdzamzanとよび、[暫時・暫定]などといいます。ヤマトコトバのシム・シマシ(シミルまでのひと時)とよくにた音韻感覚のコトバです。
 
心臓にハモノがシミこむ
ザム[]は「日+音符斬」の会意兼形声文字で、ザム[]する時間を表わすコトバですが、もうひとつのザム[]は、「心+音符斬」で、ザム[]する時の心情を表わすコトバです。[慙念・慙愧]などといいます。「心臓にハモノがシミこむ」光景を見せつけられれば、どれだけねむい時でも目がサメます。また想像するだけでも、心臓が凍りつきそうなサムザムとした思いになります。
ここでも、s-m音漢語ザム[斬・暫・慙]s-m音日本語サム[覚・醒・寒・冷]シム[浸・染・占・締]などとのあいだに共通する音韻感覚を感じさせられます。
 
おなじサマ[]same, simple
漢語では、上古漢語で存在したs-m音語が、現代漢語ではすべてs-nに変化しています。しかし日本語や英語では、現代語にも多数のs-m音語が見られます。その点では、漢語よりも英語のほうが日本語と共通感覚をもつコトバがおおいようにさえ思われます。
たとえばA. D. D.(『アメリカの遺産、英語辞典』)フロクで、「語根sem-1(基本義one, as one)からの派生語」として、つぎのような語があげられています。
same同一の//  seem~に見える//  similar似ている// assimilate一致させる//   resemble~に似ている//  simple単純な//
ここにあげた英語の日本語訳を見ても、直接s-m音は出てきません。それでは、英語のs-m音は日本語や漢語のs-m音とまったく無関係なのでしょうか?
ここで、「語根sem-1からの派生語」が「基本義one, as one」の姿を共有しているという事実に注目しましょう。s-m音の基本義を「スミ[炭・墨]がシミつく(同色にソメル)」姿と解釈すれば、日漢英のs-m音語について統一的な説明ができそうです。たとえば こんなぐあいに;。
*スミ[炭・墨]などのシミsmearが、ハンカチや服にシミつくsmear
*シミつかれた部分は、もとのスミ[炭・墨] などと同じサマ[]sameで、単純simple、あるいは similarな姿に見えるseem。 
*おなじくサムといっても、意味用法はサマザマ。その中で、漢語のサム []と英語のsomeは「漠然多数」を意味していた。 [三々五々][][]は、ともにsomeの意で、厳密に計算した数字ではない。数概念としてのサム []は派生義。
 
セマイところへスミこむsmoke
sm-ではじまる英語には、small(ちいさい、セマイ)の姿がつきまとうようです。スミ[炭・墨]smoke(けむり)は微粒子のかたまりなので、どんなセマイところでもスミこむ・シミこむことができます。sm-音とはそんな姿を表わす語音だと考えれば、ナットクしやすいかもしれません。
*まわりからセマられ、セメられ、セマイ[]姿がsmall
*口をセマく開きほほえむ姿がsmile。おおきくワリこんでワラフlaughと対照的。
*ハモノがシミコム。傷口の痛みがズキズキとシミル姿が smart
*かさばるモノをシメつけ、smallな姿にする…smash粉砕する//   smite打ちのめす// 
*超微粒子、液体・気体…smokeけむり//  smog煙霧//   smolderくすぶる//     .
smallだから抵抗なくシミこむことができる…smoothすべすべした//     smutスス、シミ//   smutchシミをつける//    
 
スミノエ神とMr. Smith 
さいごに、とっておきの話があります。それは、『古事記』にも出てくるスミノエ神と英語でいうMr. Smithとが、もともと「スミをシミこませる技術者」(鍛冶屋)にささげられた称号だったという仮説です。
1994年に『スミ・シム・SMITHスミノエ神SMELTING MAGICIAN』を発表してから、機会あるたび主張してきましたが、これまでのところ ほとんど反応がありません。
どうして反応がないのかと、考えてみました。それは、国語学・言語学・歴史学あるいは自然科学の分野でも、日本人の学者・研究者のあいだに、無意識のまま「漢字信仰」みたいなものがシミこんでいるからです。もうすこし正確にいえば、「書面言語は信頼できるが、音声言語は研究対象とする価値がない」と思っている。だから、日本語と漢語・英語の音韻を比較するなどという発想がうかばないのです。その点で、表音文字(ローマ字)をたよりに、音韻感覚を重視して研究をすすめる欧米の研究者との間にズレができているようです。
それでも、わたしはあきらめません。
次号で、あらためてこの問題をとりあげます。どうぞ、おたのしみに。
 

2013年5月5日日曜日

s-m音の漢語



ネオ・漢字ものがたり⑤


s-m音漢字[浸・侵・寝]イラスト
 
 
 
 s-m音の漢字[] (甲骨文) 
 
 
 
 s-m音の漢字[] (銅器銘文)
 
 
 

 
画像について
    s-m音漢字[浸・侵・寝]イラスト…北日本新聞連載記事「漢字物語(56)の記事「酒で祓い清めた廟」(09.5.10)から借用しました。イラストははまむらゆうさん作。                                                                                                                        
    s-m音の漢字[] (甲骨文)…高明編『古文字類編』(中華書局)から借用しました。     

    s-m音の漢字[] (銅器銘文)…同上。甲骨文はありません。    

 

s-m音の漢字
現代漢語s-m音の音節はありませんが、上古漢語では成立していたと推定されています。

ここでは、サム[三・参]・シム[心・浸]などs-m音の漢字をとりあげ、発音と意味との関係について考えてみることにします。

また、日本語s-m音との対応関係についても、あわせて考えてみたいと思います。

 

酒をシミこませ、清める
はじめに「漢字物語(56)の記事「酒で祓い清めた廟」(北日09.5.10)について、ざっと紹介しておきます。この記事の中で、小山鉄郎さんはソウ[]に関連した漢字シン [浸・寝・侵]をとりあげ、イラスト入りで字形と意味との関係を分かりやすく解説しています。要約して紹介します;

ソウ[]は、木の先を細かく裂いたホウキ[]の形をしたもので、香りをつけた酒を振りかけ、祖先の霊を祭るミタマヤ[]などを祓い清める行為に使う…ソウ[]の字形が省略されて含まれている漢字の一つがシン[]=酒をシミこませたホウキ[]を手で持つ姿…シンデン[寝殿]宮殿の中心である正殿)に酒のにおいをシミ渡らせる…酒の香りが浸透(シミトオル)姿がシン[]。人の勢力がシミトオル姿がシン[]

小山さんは、漢字の発音のことに触れていませんが、「お酒のにおいが寝殿の中に染み渡って」と解説しています。コトバは、やはり音声言語が基本です。シムという語音が根っこになって、そこから[寝・侵]などの同族語が組織されてきたことが考えられます。

 

上古漢語音themと日本漢字音シム
ところで、シン[]シミとおる姿だとすれば、まるで日本語(ヤマトコトバ)シムとおなじ音韻感覚のコトバということになります。本当はどうなのか、できるだけ精密な議論をしてみましょう。

まずシン[浸・侵・寝]の上古推定音と現代音をしらべてみると、こうなっています。
tsemjin//  ts’iem侵・寝qin//

ごらんのとおり、上古漢語語尾子音の-mが現代漢語で-nに変化しています。この点は、まえにもk-m音漢語[今・甘]などの例で見てきました(13.1.15号、13.2.19号参照)

それにしても、tsemシムでは同一語音とは考えられないという意見もあるかと思います。その点については、上古漢語音tsemを忠実に音訳したものが上代日本語音シムだったという事実を、あわせて考えるべきでしょう。上代日本語のサ行子音の音価についても、厳密にいえば、現代日本語のサ行音s-, sh-だけでなく、ts-ch-のような子音をふくめて想定するほうがよさそうです。

 

ツメコム姿とシミコム姿
一般論として、ts-m音語からs-m音語に変化した可能性はあります。打製石器から磨製石器、さらに金属器時代にはいるとともに、生産技術がより精密で効率的なものになり、そのことが技術用語に変化をもたらしたことが考えられます。

打製石器時代にタツ・タタク・クダク・ツクなど破裂音のコトバが生まれ、磨製石器時代にサス・スル・モム・ミガクなど摩擦音のコトバが生まれ、さらに金属器時代にはいり、精錬用にスミ[]がつかわれるようになってから、サム・シム・スム・セム・ソムなどs-m音語が世界中にシミわたった、と考えることもできそうです。

たとえば、耕作用の木製ツキ[]が鉄製のハ[]をもつスキ[]に変化しました。つまりt-kからs-kへの変化です。

固体のままでは地面にツッコミにくいのですが、先端部分をホソク・ウスクすることで抵抗がちいさくなり、ツッコミやすくなります。

固体にくらべ、水・酒(液体)、あるいは酒気・煙(気体)などは超微粒子なので、どんなセマイところでもスイスイ・ツッコムことができます。この場合は、ツッコム・ツメコムなどより、シミコム・スミコム・セメコムなど、s-m音語で表現することがおおくなるようです。

漢語音tsem日本語音シムとして表記されたという現象は、日本語の「t-k, t-m音からs-k, s-mへ」の変化と連動する現象だったと考えてよいでしょう。

 

3のサ[]がスミコム姿
漢語サン[]の字形・音形と意味の関係について考えてみましょう。

サン[]の字形は、上下二本のサ[]がならぶスキマに3のサ[]がツッコム・スミコム・シミコム・シノビコム姿と考えられます。サムは、もとサ[箭・矢][生・産]で、「矢がツキサス」姿を表わすコトバですが、ここではくわしい解説を省略します。

サムsam・参sanは、やがて数概念を表わすコトバとなり、[参加・参集]などの意味用法も生まれました。

 

数概念のサム[]は派生義
ヤマトコトバのミ[]漢語のサム[[も、はじめから厳密な数概念としての「3」を意味するコトバとして生まれたわけではありません。ヒ(ヒトツ)と呼ばれるものがあり、そのヒにブツカル・フタをする姿のものがフ(フタツ)と呼ばれ、さらにそのフタツのスキマをミタス姿がミ(ミツ・ミッツ)と呼ばれただけのことです。

日漢語とも、まずは「漠然とした多数」の意味からはじまり、やがて厳密な数概念「3」としての意味用法が派生したと考えられます。

たとえば[三々五々]などという場合の人数は、3人でも、4人でも、5人でも一向かまわない、[漠然多数]でした。⇔some.